みすず書房

誕生のインファンティア

生まれてきた不思議、死んでゆく不思議、生まれてこなかった不思議

判型 四六判 タテ188mm×ヨコ128mm
頁数 280頁
定価 3,960円 (本体:3,600円)
ISBN 978-4-622-07878-4
Cコード C1012
発行日 2015年4月22日
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誕生のインファンティア

子どもの頃、死んだらどうなると思っていたか。誰かに聞いてみたか。子どもたちにはわかるのか。大人の理解とどう違うか。子どもより大人のほうが、よりわかっているのか——

死をはじめて意識した瞬間。赤ちゃんはどこから来ると思っていたか。教室で学生たちに問いかけ、自分自身の言葉でその記憶を書いてもらうことを、著者は十数年にわたって続けてきた。また、フロイトやクラインが伝える子どもたちの言葉。胎児をめぐる諸研究、アーレント、九鬼周造、漱石など、哲学や文学作品の中にあらわれた死の問いと出生の問い……

ある日ふと感じた「自分がいまここにいる」ことの不思議、そして「自分が存在しないこともありえた」非存在の可能性。そこから今もはたらいている「自分がいない〈不生〉の地平」に光があてられる時、生まれてきた不思議と生まれてこなかった不思議が私たちにふれてくる。「存在の問いが発せられる場所としての子ども」を出発点に、ライフサイクル研究と死生学の接点をなす領域に踏み込む。

目次

プロローグ——誕生の不思議
  死の問いと誕生の問い/誕生の不思議——性の問いと存在の問い/五つの位相——本書の流れ/語られなかった言葉
——補節 「インファンティア」という言葉について

I 死の不思議から誕生の不思議へ
I-1 子供の頃、死をどう感じていたか——子供の頃の「死のイメージ」
  無邪気な残酷、好奇心/「死への引力」/がん病棟の子どもたち/年齢、家族、健康、時代/デス・エデュケーションが浮き彫りにする困難——死体という問題/一つの命は大切か

I-2 本当は兄弟がいた——夭折した姉妹・生まれてこなかった兄弟
  夢の中の兄、写真の赤ん坊/生まれ変わり/もしその子が生まれていたら/生まれなかった妹
——インテルメッツォ 1  子どもを亡くした大人たち——「ひな子を亡くした漱石」の場合

II 赤ちゃんはどこから来たか——誕生の謎
II-1 お母さんのおなかと赤ちゃん——赤ちゃんは出てきたのか、運ばれてきたのか、拾われてきたのか
  お母さんのおなかと赤ちゃん/運ばれてきた、拾われてきた/お母さんのおなかの傷あと/子どもの頃の心の中で

II-2 「僕は卵を産んだことがある」——少年ハンス(フロイト)
  少年ハンスと誕生の謎/誰が最初にコウノトリのところに運んだのか/排便への恐怖=子どもが生まれてくることへの恐怖/ハンスの創り上げた誕生の物語/インファンティアの位相

II-3 生まれる前、僕はどこにいたの——少年フリッツ(M・クライン)
  五歳の少年フリッツの質問/「おまえは、まだ生まれていなかった」/形而上学的不安——もう一人の男の子/言葉の世界に入ること

II-4 精子と卵子の結合という「知識」——知りたいけど知りたくない
  学生たちの報告/精子と卵子の結合/「知識」/知ってほしくない世界/「自然に知る」ということ——教えてもらうことか/「性の問い」と「存在の問い」
——インテルメッツォ 2  民族生殖理論の地平——精子と卵子の結合とは別の仕方で

III なぜ私を生んだのか——自分の出生・出生の偶然
III-1 出自とアイデンティティ——本当の父親ではなかった
  実の父ではなかった/生殖補助技術で生まれた子どもたち/当事者の語り/アイデンティティの土台/「出自を知る権利」をめぐって——社会的な議論へ

III-2 未生怨——なぜ私を生んだのか
  親を恨む/阿闍世物語/エディプス物語/子の視点、親の視点、罪の視点/「自己犠牲=とろかし」という人間観/本当は私が生まれてこない方がよいと思っているのか

III-3 被投性と偶然性——気がついた時には、もう、いた
  投げ込まれていた——ハイデガー『存在と時間』/存在しないこともありうる(非存在の可能性)/「根底をなす気まぐれなばらまき」——出生の偶然/九鬼周造「偶然性」/偶然を運命とする/自己自身に自己自身を交付する/原事実と、それへの関わり方

III-4 出生性——始まりと感謝
  出生性——ハンナ・アレント/新しく始めること/複数性——共同作業と自発性/感謝——いのちを与えられたことへの感謝/未生怨と感謝/いつの間にか生まれていた
——インテルメッツォ 3  胎児の人間学

IV 生まれてこないということ——不生・未出現・潜勢力
IV-1 ファラーチ『生まれなかった子への手紙』
  わたしとおまえ/他者/プレポテンツァ——大いなるいのちの摂理の圧倒的な力/法廷の被告席——生まれなかった子どもの証言/もし人生が苦しむことであるなら/いくつかの論点/生まれてこなかった子どもたち

IV-2 「対象a」——『生まれなかった子どもへの手紙』を読む視点(1)
  ラカンの「対象a」という視点/母親の欲望の対象としての私/胎児を「対象a」とすることによって自分も「対象a」になる/「対象a」は失われた対象である/法廷という場/胎児から欲望された対象になる

IV-3 「未出現」——『生まれなかった子どもへの手紙』を読む視点(2)
  生まれなかった胎児の声(埴谷雄高『死霊』)/「死のなかの生」/他の可能性を抹殺することによって/その子がいたら私は生まれなかった/「原・未出現」

IV-4 「生まれてこない」という存在の行方——「不生」(盤珪禅師)と「潜勢力」(アガンベン)
  生まれてこない可能性/不生/不生——生と死を対立的に見ることの否定/潜勢力potenza/「生まれないことができる」という「非の潜勢力」/「生」の中に「不生」を感じる
——インテルメッツォ 4  ライフサイクルの四つのモデル

エピローグ 自分が生まれてこないこともありえた——「自分がいる」ということ
  自分が生まれてこない/茫漠とした不思議/「生まれてきた不思議」と「生まれてこなかった不思議」/「生まれてこなかった不思議」の地平から/私たちは皆、かつて、生まれてこない可能性があった

あとがき

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