みすず書房

遺伝子という概念は、どのように形成されてきたのか。歴史と研究の最先端を、遺伝学と発生学の融合による進化学(エボデボ)を牽引するフランスの第一人者が描く。
受精・遺伝・発生を古代や中世の人々はどのように説明したのか。育種家の長い伝統と試行錯誤。自ら雑種をつくる実験を行いながらも遺伝や多様性にかんする理論をつくれず、偶然の変化も獲得形質も遺伝すると考えたダーウィン。物理学を学び統計的手法を使ったメンデルは、形質と因子を区別した点で画期的だったという。
20世紀前半、染色体上にならぶ遺伝子の地図がつくられたが、やがて点ではなく長さをもつ機能単位がとって代わる。
1953年にはDNAの二重らせん構造が確立、まもなく遺伝暗号も解読される。しかし転写されてもタンパク質に翻訳されない非コードRNAの存在、オペロンモデルに含まれる制御領域、一つの遺伝子から複数の異なる産物がつくられる選択的スプライシング、ヒストン修飾によるエピジェネティクスの解明などにより、分子レベルの遺伝子概念は矛盾をかかえつづける。 
環境と相互作用をくりかえす動的な生命システムがもつ情報は、DNAのデジタル情報だけではないと著者は主張する。生物は開放系であり、コンピュータと違って偶然と選択との産物なのである。
植物ゲノム学・生命哲学を専門とする訳者の理解の行き届いた翻訳により、本書には生命の不思議の森を歩む愉しさがある。
エポックメーキングな研究者達の小伝付。

目次

序文 ジャン・ガイヨン

はじめに──誤解されている遺伝子

第一章 遺伝子概念以前
1 遺伝学前史──生物発生から遺伝へ
2 メンデル以前の遺伝研究。育種家とダーウィン
3 メンデル遺伝学への道
◇ピエール=ルイ・モロー・ド・モーペルチュイ
◇シャルル・ノダン
◇アウグスト・ヴァイスマン

第二章 遺伝子概念の誕生──記号としての遺伝子
1 メンデル革命
2 メンデル再発見と古典遺伝学の主要概念のはじまり
3 単位形質
4 「数理的な」遺伝子と集団遺伝学
◇フィッシャーによる論争
◇グレゴール・メンデル
◇ウィリアム・ベイトソン
◇ヴィルヘルム・ヨハンセン
◇ロナルド・フィッシャー

第三章 染色体上の遺伝子
1 モーガンと遺伝の染色体説
2 モーガン流の遺伝子概念の危機
3 遺伝子機能の問題──「1遺伝子 - 1酵素」
4 原核生物への遺伝学の拡張
5 機能単位としての遺伝子
◇トーマス・モーガン
◇バーバラ・マクリントック
◇ボリス・エフリュッシ
◇マックス・デルブリュック
◇シーモア・ベンザー

第四章 分子レベルの遺伝子
1 遺伝子の分子的概念と遺伝情報。翻訳単位としての遺伝子
2 オペロン革命
3 発生遺伝学から「エボデボ」へ
4 分子レベルのブリコラージュ
◇フランシス・クリック
◇フランソワ・ジャコブ
◇エド・ルイス
◇ポール・バーグ
 
第五章 分子レベルの遺伝子概念の今日的危機
1 分断された遺伝子と飛び回る遺伝子
分断された遺伝子
RNA編集
タンパク質の配列から機能へ
動的なゲノム
2 ゲノム解読──非コードDNAの重要性
3 RNA革命
小さな制御RNA
転写延長
4 エピジェネティックス
染色体の中のDNA──クロマチン エピジェネティックな伝達
エピジェネティクスのしくみ エピジェネティックな伝達の例
◇フィリップ・シャープ
◇ヒトゲノムは一つ? それとも多数? 多様性が重要
◇フレッド・サンガー
◇ヴィクター・アンブロス
◇ロジャー・コーンバーグ

第六章 あらためて遺伝子と遺伝情報を考える
デジタルコード、アナログコード、エピジェネティックなコード
遺伝子概念を捨てるべきか──形態と情報 情報とシグナル
シグナルの発信者と受容者 誰がメッセージを書き込んだのか
遺伝子概念の拡張
二つのタイプの遺伝子 むすび

訳者あとがき
文献
人名索引

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