みすず書房

「獲物を狩る、もしくは獲物として狩られる、という行為は人類史を通してずっと行われてきた。だが、それを言語表現にうまく置き換えている作品はそれほど多くない。……本書と並ぶような狩猟文学の作品群を集めるのは、現時と近未来では不可能だとおもう」(服部文祥「解説」)

サバイバル登山家、そして大の読書家。最近では「狩猟サバイバル」を実践する服部文祥がこよなく愛し、自らの血と骨としてきた国内外の狩猟文学から「マスターピース」の名にふさわしい11作品を厳選。稲見一良、津本陽からデルスー、ナンセン、宮沢賢治まで、分野は小説、エッセイ、ノンフィクションなど多岐にわたる。人とケモノ、人と狩猟をめぐるみずみずしい思想の発露がここに。

目次

猟の前夜  マーリオ・リゴーニ・ステルン
鹿の贈りもの  リチャード・ネルソン
「密猟志願」より  稲見一良
新しい旅  星野道夫
クマと陸地  フリッチョフ・ナンセン
『深重の海』より  津本陽
灰色熊(グリズリー)に槍で立ち向かった男たち  シドニー・ハンチントン
デルスー運命の射撃  ウラジミール・アルセーニエフ
又吉物語  坂本直行
イヌキのムグ  辻まこと
なめとこ山の熊  宮沢賢治

解説——一〇頭目の鹿、もしくは狩猟文学の傑作たち  服部文祥
出典

服部文祥「マスターピースになったわけ。」——編者からひとこと

みなさんこんにちは。お久しぶりです。初めての方ははじめまして。

うまくおだてられて、「大人の本棚」シリーズの一冊の編集を何となくはじめたのが約半年前。テーマは狩猟文学の傑作集。12月の頭にめでたく出版となりました。

実はかなり前から複数の編集者に、狩猟に関する名作を集めて本を作ったらおもしろいと話していました。「なめとこ山の熊」を柱に、デルスーやナンセン、星野道夫にヘミングウェイなどが並べば、迫力ある本になるという確信に近い予感があったのです。

信じたのか、だまされたのか、具体的に行動を起こした最初の編集者が、みすず書房の宮脇シンコでした。狩猟文学に類すると思われる作品を集め、私を追いかけ回してムチを打ち、選び出された作品を吟味した後、版権などの面倒な手続きをすべて行なったということです。クレジットでは私が編者となっていますが、正確には私は選者兼解説執筆者で、編集は宮脇です。

さて、このプロジェクトは「狩猟文学アンソロジー」という仮タイトルで呼ばれていました。たとえば電話がかかってくると「狩猟文学アンソロジーの件ですけど……」という感じです。

タイトルというのはとても重要です。本の良し悪しは中身の問題ですが、売れるかどうかは中身以上にタイトルに左右されます。『謎解きはディナーのあとで』なんかはタイトル案が100も200もあったようですね。一方で仮タイトルがそのまま本のタイトルになってしまうことも珍しくはありません。直感で付けた名前が本の内容をもっとも的確に表しているということが少なくないからでしょう。

本書のタイトルも実のところほとんど『狩猟文学アンソロジー』で決まっていました。というのも「狩猟文学」という単語は耳にしたことがあるようで、実際はほとんど使われておらず、インパクトもあるので、まとまりで使うということは決定事項だったからです。 となると、あとは内容から傑作選、傑作集、名作集などという言葉を付けるぐらいしかありません。『狩猟文学アンソロジー』は中身をそのまま表現し、しかも漢字とカタカナ英語のバランスも良く格好がいい。失敗のないタイトルだと言えました。

しかし私はちょっと引っかかっていました。アンソロジーというのは、過去の遺物的な感じがして、狩猟本現役バリバリの『羆撃ち』や『僕は猟師になった』さらには『狩猟サバイバル』などと並んだときに、後回しにされてしまうのではないかと思ったのです。アンソロジーというのは評価が定まった作品の集まりということで、買って損がないという安心感を読者に与えることができます。一方で、新鮮な発見や驚きはそれほど期待できないということもできます。掲載作品を選びながら考えていたのは、新鮮な発見や驚きがある狩猟文学の傑作集でした。私は読者にあんまり安心してほしくなかったのです。

私の手元に服部タイトル案の原稿が残っています。

狩猟文学アンソロジータイトル案
  「狩猟文学アンソロジー」
  「狩猟文学選」
  「狩猟文学名選」
  「狩猟文学傑作選」
  「狩猟文学傑作集」
  「ザ・狩猟文学」
  「狩猟文学の傑作(マスターピース・るび?)」
  「傑作・狩猟文学」
  「狩猟文学マスターピース」(「狩猟文学マスターピースズ」)hunting story masterpieces  masterpieces of hunting literature
  「狩猟文学のマスターピース」
  「狩猟文学ベスト10」

なんとか絞り出してようやく11タイトル。『ザ・狩猟文学』『傑作・狩猟文学』ぐらいが、ちょっと変わったタイトルで、他は『狩猟文学傑作集』のバリエーションです。みなさんならなにを選びますか? どんなタイトルをつけますか?

私はまず、内容をもっともよく表していてインパクトがあるのは『ザ・狩猟文学』だったと考えました。しかしこのタイトルには、みすず書房的エレガントさがみじんもありません。不採用というか、候補にするだけでも白い目で見られるというのは最初からわかっていました。

もう一つ、こだわっていたのが『狩猟文学マスターピース』でした。この「マスターピース」という単語は、タイトルを考えながら何となく見ていた角川書店の『類語国語辞典』で「傑作」の近くに出ていたものです。

文法的に正しいのかわかりません。しかも、意味がわかりにくい。ねりカラシ風味の枝豆かな(マスタードビーンズ)、なんて思ったりして。

メールを見ると9月27日に、タイトルは『狩猟文学アンソロジー』でほぼ決定、という連絡が来ています。営業サイドでも内容を表していてわかりやすいという意見があったようです。それでも私は、マスターピースも候補に残しておいてくれと、食い下がりました。

最終的には『狩猟文学マスターピース』になるわけですから、自分の先見の明を強調する自慢話に聞こえるかもしれません。言うまでもなく、このタイトルで売れるかどうかは先の話であって、正式採用されたからすごいというわけではありません。

最終的に、アンソロジーとマスターピース、二つのタイトルをプリンターで打ち出して、大人の本棚シリーズの本に実際に貼り付け、文字ヅラと座り具合を確認し「アンソロジーもわるくないですが、やっぱり遊び心というか、勢いというか、賭博性というものがなく、おとなし過ぎないですか」と、持論を重ねてみました。心に触れてくるなにかが足りない気がしたのです。「マスターピース」にはそれらの要素が、少しだけですが含まれている気がしました。それがおそらく11月11日のことだったと記憶します。

週が明け、みすず書房編集部内でどのような会議があったのか知りません。「マスターピースにしなかったら服部が暴れるかも」などといわれていたのでしょうか。少なくとも、私に説得されたということはほとんどないと思います。それほどみすず書房の編集者は甘くありません。なんらかの高度な判断があったのでしょう。ともかく「マスターピース」で行くというという連絡がありました。

私は、今でもやっぱりアンソロジーではなく、マスターピースだと思っています。

本書は狩るとはなにか、生きるとはなにかにごりごり迫っていく狩猟文学の傑作集です。アンソロジーは詞華集などという日本語があてられ、詩集に使われることも多く、繊細さを感じます。命を扱う狩猟者は繊細です。でも、剛胆でもある。やるべきことをやるときに躊躇しません。たとえ自信がなくても自信を持って行動を起こさなくてはならない。それが、自然を相手に生きる者共通の思想です。やりたいとかやりたくない、不安があるないなど個人の感情や嗜好と、やるべきことは別の話なのです。うまくできるかできないは別にして、自分のできることを最大限にやる。それには自信を持ってやるしかない。全力でやるという以外に、相手に対しても自分に対しても誠実であることはできないからです。

というわけで、自分に誠実に選んだタイトル『狩猟文学マスターピース』。中身に関しても誠実な態度で作ったつもりです。よかったら手に取ってみてください。

書評情報

ワンダーフォーゲル
2012年2月号
東京新聞
2012年2月12日(日)
湯川豊(エッセイスト)
JR EAST(JR東日本広報誌)春号
平松洋子(エッセイスト)
サンデー毎日2012年2月12日号
週刊ポスト
2012年2月17日号
内澤旬子(ルポライター、イラストレーター)
母の友2012年4月号
関口靖彦(本誌編集長)
ダ・ヴィンチ2012年春号
湯本香樹実(作家)
読売新聞「本よみうり堂・夏の1冊」2012年8月5日(日)

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