みすず書房

「大学を出るとき、卒業論文はカフカだった。大学院に進んだのち、カフカはやめた。興味がうつったからだが、一つには、日本語で読めるカフカになじめないものがあった。どうしてなのか、自分にも理由がわからない。とにかく読みだすとイライラする。原書で読むのと、あまりにもちがいすぎる」

『カフカを読む』の「仕事場ノート」に著者はこう書いている。思えば、戦後の実存主義のブームに乗って流行した〈カフカ文学〉は暗く深刻で、読者をなかなか寄せつけないところがかえって有り難いようなところがあった。しかし、池内紀訳の手稿版『カフカ小説全集』(白水社)が出て、この小説家のイメージは一変した。彼の考えた小説の構想とともに、その熾烈な文学的野心とユーモアが明らかになってきた。謎めいた神話的人物ではなく、等身大のカフカが発見された。

「書棚の隅に〈カフカ〉のラベルのついたファイルがある。全体が象のおなかのようにふくらんでいるのは、何であれカフカとかかわりのあるものを入れたからだ。プラハの地図、絵葉書、写真、挿絵のコピー、新聞の切り抜き、映画のパンフレット……」

家族とりわけ父との関係・勤め先・文房具や女性関係、さらに「変身」「断食芸人」や長篇三部作のきめこまかい分析と鑑賞など。本書には、最新のテクストと現場検証によって、これまでになかった〈未知のカフカ〉が姿を現わすことになるだろう。

目次

未知のカフカ

I カフカという人
家族/友人ブロート/ユダヤ人/勤め先/文房具/性/映画/本づくり/金銭

II 短篇をめぐって
窓辺の人物/虫男/だまし絵/二等兵フランツ/工区分割方式/掟の門前/食べない男

III 長篇をめぐって
『失踪者』/『審判』/『城』

IV カフカの謎
父への手紙/手紙の行方/ヘブライ語学習/生命の樹/ひとり息子

仕事場ノート