みすず書房

日本初の近代美術館である“カマキン”こと神奈川県立近代美術館の館長をながく務めた土方定一(1904-1980)は、アナーキズム詩人から出立したのちに美学者となり、美術批評家の草分けとしなった。館長就任以後も旺盛な批評活動を行い、また数々の芸術賞選考委員を務めるなど、指導者的役割を果たした泰斗である。
若き学芸員補として同館に勤務した酒井は、老境にさしかかった八方破れの館長を公私ともに支えることとなり、近代日本の芸術の海に針路を示す土方船長の肩越しに海を望み、その広さ、深さ、波濤の激しさを目の当たりにする。

「地方の公立美術館としてはユニークな企画展で知られ、わたしにもちょっとばかり誇りに思えるところがあった。もちろん企画展だけではない。陣頭指揮にあたっていた土方定一という人の仕事の采配に感心するところが大いにあったからである。氏を囲んで学芸諸先輩と過した夜の〈宴会〉などは、闘いにたとえればちょっとした“作戦会議”の観を呈していた」
(「再読『日本の近代美術』」)

師の影を追ううちに同館館長に就任、批評家として美術界に提言する立場となった著者は、いまなお師の影のなかにいる、と述懐する。師から弟子へ受け継がれた系譜をみずからたどりながら、日本美術の来し方行く末を問いなおす味わい深いエッセイ集。

目次

I
土方定一の戦後美術批評から
土方定一の詩、その他
高村光太郎と土方定一
暗い夜の時代  杉浦明平の「日記」から
土方定一・周作人・蒋兆和のことなど
北京にて  中薗英助と土方定一
ある消息  詩人・杉山平一

II
ブリューゲルへの道  海老原喜之助
ある書簡  松本俊介と土方定一
わが身を寄せて  野口弥太郎
土方定一のデスマスクと田中岑
年賀状の牛と柳原義達
ある日のローマ  飯田善國
扉をひらく  一原有徳
若いモンディアルな彫刻家  若林奮

III
『岸田劉生』についての覚書き
『渡辺崋山』をめぐる話
再読『日本の近代美術』
『ドイツ・ルネサンスの画家たち』の思い出
反骨・差配の大人  編集者・山崎省三
歴史家として  編集者・田辺徹
不思議な魔力  編集者・丸山尚一
はぐれ学者の記  菊盛英夫
二人の出会い  土方定一と匠秀夫
追想のわが師
土方定一の影  児童生徒作品展のことなど

あとがき
土方定一略年譜
初出一覧
図版一覧

書評情報

日本経済新聞
2016年2月19日(日)
月刊美術
2017年1月号
美術批評の系譜
美術の窓2017年1月号
松撝
美術手帖2017年2月号
淵上えり子(文化部)
読売新聞「著者インタビュー」2017年3月14日