みすず書房

行動する歴史学者、ラディカル・ヒストリアンによる書評シリーズの4冊目は、2010年後半から2014年までの書物エッセイを編集して一本とする。
この間、政権交代で誕生した鳩山民主党内閣が沖縄基地問題で迷走し、継いだ菅首相は尖閣諸島中国漁船衝突事件、東日本大震災と原発事故の試練を受け、野田内閣を経た2012年暮れには、自公連立政権が復権した。その後中国では習近平が主席となり、中東にIS(イスラーム国)が樹立を宣言した時期である。それはまた、東京大学を定年退官した著者が浩瀚な『中東国際関係史研究』をまとめた時期でもあった。
本書『歴史家の展望鏡』で取り上げられる書目は、専門の中東イスラーム関連の研究書や一般書はもちろん、歴史学の古典、哲学書、近現代の人物伝、歴史小説やスパイ小説まで幅広い。著者は書物を通して現代の世界を遠近から見晴らしている。学問と政治リアリズムという複眼で冷静に状況を分析する姿勢のバックボーンには、積年の読書によって鍛えられた知性と純粋な熱情がある。

目次

I
歴史に学び「畏怖」を知る/政治家と歴史家/政治家の平常心と胆力/正道を踏み国を以て斃るるの精神/大英帝国の「孤独」/夢と記憶/明治政府の交渉術/「健全な債務」目指す/「坂の上の雲」をロシア側から眺める/成功者の誇りをもって人生を述懐/大学教授の生態は?/大哲学者の苦悩/政治家の赤心とは/常夏の島の「戦争と平和」/「知の巨人」の生涯/耐えること/学問と政治リアリズム/宗教的理想に代わる現実的願望/政権交代の悪夢/赤裸々な告白に驚き/歴史で混沌を乗り切る/悲しみに耐える人々へ/賢人が導く良き政治/凶刃に斃れた「陸軍エリート」/英雄悩ますストレス/「ヤマト民族」の優秀性強調しすぎ説/ソ連民族政策の矛盾/率先垂範のリーダー/中韓との超えられぬ溝/オランダ人が見た世界/「自立主義」の独創性解き明かす/政治史から現代を照射/二一世紀の「パンとサーカス」に抗して/帝銀事件を小説仕立てで解き明かす/ユダヤ系葛藤の軌跡/法制史の魅力を伝授/尖閣諸島上陸を阻止する自衛隊/草創期の横顔興味深く/青島戦役から敗戦へ/西洋の優位性確立した要因を分析/正統派のテレビマンと異能の行政マン/本物の政治家らしい気迫と信念/旧帝国海軍の系譜はどこが継承/日本の危機に必要な人材とは/この国の衰弱/暴動を恐れてパン価格を三〇年据え置き/預言者ムハンマドの生涯と業績/多角的な議論を問う/パワーと相互依存/問いかけを忘れた指導者たち/独裁的政治家の顔/イランとイスラエル諜報機関の争い/違いのある政治家の共通性/ブローデルを読む

II
預言的な響き/「Gゼロ」後の国境と領土/現代の政治を考えるうえでも示唆に富む/軍隊と警察/第二次大戦を食糧から分析/今度もいい本/「政教一致」こそトルコの特徴/イスラエル情報機関の愛国心と使命感/企業が斜陽にいたる道筋/企業人にも役人にも学者にも読んでほしい/時代の指揮官たちの心中を察する二冊/本物の経済人を知る喜び/なぜ妻から「離縁状」を突きつけられたのか/情報大国のスパイらの教養と知性/公務員の誉のような人物/複雑きわまる戦時下中国の実像/高邁な目標と現実とのギャップ/なぜ栄える国と貧しい国があるのか/寡黙な吉村昭さんの沈黙/幕末水戸藩を精緻に描く/歴史に光を射す貴重資料の復刻/歴史の不条理を批判的に分析/百年前の日本をタタール人が絶賛/巨大組織の実像と終焉

III
観察せよ、そして時機を待つべし/大石内蔵助の原型/エジプトが悲劇から免れている理由/文学者が歴史の不条理を問う/国際的な武器貿易商人を描く時代小説/米英がいつも勝者となるのはなぜか/熊本県知事が異色の経歴を語る/持続可能な国と持続不可能な国/山本周五郎の現代性/歴史上の人物と病気との関係/「鉄道とは何か」を考えるときに信頼できる書物/自前の文明批評家に接する機会/日本政治学のルーツを描く小説/明治天皇が溜め込み続けたストレス/吉野文六、異能の作家との対話/危険を回避する本能的嗅覚/歴史全体を俯瞰する意義/日米関係を左右するロビー活動/俳諧師にして草紙作者/歴代総理や閣僚に対する遠慮なき論評/イスラーム知識人の目から認識の逆転を図る/形となるプロセスの手がかり/寛容なるロシアの極東政策/ユマニストというより政治リアリスト/心の玉手箱

あとがき

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