みすず書房

2020年、新型コロナ・ウイルスの災禍は美術界にも打撃を与えた。計画していた展覧会は軒並み中止または延期され、作品の陳列や検証などの研究成果を公開する機会がことごとく奪われた。
半世紀にわたり美術館運営に従事してきた著者もまた、ウイルスという眼に見えない相手を前に、館長職を務める美術館を切り盛りし、美術評論や普及活動に奔走する日々をコラム等で発信してきた。『鞄に入れた本の話』(2010年)『鍵のない館長の抽斗』(2015年)に続いてそれらをまとめた本書は、先行き不透明な当世を照らす、美術界泰斗によるすぐれた洞察にあふれている。

「書名は『芸術の補助線』とした。簡単な幾何の問題をまえにして、いくつも補助線を引き、躍起になって解いていた十代半ば頃のことを想いださせるが、これは不透明な時代のなかに生じる、さまざまな事象の意味を、まさに補助線を引くようにして探りを入れている――いまの私につながっている気がする。」(本書あとがき)

美術館の仕事をめぐって、通勤途中や旅先でふと考えた事がらを小さなスケッチブックに書き留めてきた“館長の雑記帖”最新版。解説・武田昭彦。

目次

I
一字違いのこと
顔というものは  松田正平氏を訪ねて
レッテルを貼る  ビル・トレイラーの絵
ある彫刻家の虫籠
時の溜まりに――桑原甲子雄の写真
買いそびれた蜂蜜――信濃デッサン館再訪
劉生日記の一言
十円硬貨  松江行
杖と車椅子
献本  鶴見俊輔氏を悼む
プッポウソウ  音威子府の森
ゴンサレスの鉄彫刻
土偶と文化の地熱
表現と「母語」
師弟 萩散策
吾妻兼治郎氏の思い出
洞爺湖の砂澤ビッキ
植物の神経  津久井利彰氏への手紙
若林奮と旧石器時代への想像
益子行
吉田一穂を語る
展覧会余話
大原美術館にて
鴉と桃と柳原義達
寝床の読書
物書きの編集者・長谷川郁夫

II
米倉斉加年氏を偲んで
長蛇の列
カフェ・クーポールでの集合写真
佐伯彰一氏のこと
スティーブンソンと吉田松蔭
XとY
装幀をめぐって
ヒトとチンパンジー
安藤忠雄氏の挑戦
ノグチと収容所の日本の庭
展覧会の挨拶
素敵なふたり
車椅子の山ロ勝弘さん
不便利益のすすめ
バスキア展で
幻の展覧会

III
風雪という名の鑿をもつ砂澤ビッキ
画家としてのル・コルビュジエ
ドナルド・キーン氏との出会い
消えた巨大な土の塊
関根正二にまつわる話
カラヴァッジョの名を耳にすると
中原悌二郎賞をめぐって
イサム・ノグチのパートナー
記憶・尾道・志賀直哉
わたしの宝物
椅子にはじまる彫刻論
先用後利
野性の境界
山頭火にあやかって

あとがき
解説  武田昭彦