みすず書房

かつてこの世の物語の多くは、土地に息づく小さな神々の声をもって語られていた。世界を語る言葉は「風土を生きる身体」によって紡がれ、人や鳥獣虫魚草木のいのちが宿っていた。そして、人びとは近代の到来とともにそれをあっけなく忘れた。
近代の前と後の断絶。たとえば村共同体の核にあった「神」や「仏」が国家神道によって追放された歴史。あるいは折口信夫が来訪神の祝言に「この世にあらわれたはじめての文学のことば」を聴き、祈りの所作に「芸能の発生」を見た、人びとの暮らし。風土の神々と共にあった民の記憶、民の物語も忘れられていった。
この列島は太古からずっと「ひとつの日本」だったのか。声を奪われつづけた世界のなれの果ての時代に、取り戻した声を手がかりにして再生の道を拓くことはできないか。
説経、山伏祭文、貝祭文、説経祭文、瞽女唄、浄瑠璃、浪曲、パンソリ……、「語り」の声に耳澄まし、失われた声を追い、名残の声に引かれて、足尾銅山、水俣、八重山諸島、済州島をゆく。来るべき「声」の場、そして反旗を翻す詩の可能性を眼差して。

目次

前口上  名残の声に耳を引かれて

第一部 語り
第一章 この世の物語は命の記憶をつなぐためにある
1 山伏、比丘尼、一切成就カンマンボロン
2 近代という仕組みは、きわめて高機能の忘却装置である

第二章 「説経」と「祭文」──千年の時間の流れを早送り
1 山、野、道にある芸能
2 大道の傘の下に広がる異界からの声、「ささら説経」
3 京都・四条河原 説経操り「阿弥陀胸割」
4 忘れられた時代の声、説経「弘知法印御伝記」
5 貝祭文、上州祭文は別名デロレン祭文。江州音頭はいまでもデロレン
6 説経祭文は江戸で起こって武蔵国多摩の村々へ。村の陰陽師は芸能者
7 語りは世につれ、人につれ

第三章 なぜ「瞽女」は消えたのか?
1 語りの近代
2 前近代と近代の交わる道を越後瞽女はゆく
3 「場」、小さな声たちの共同体

第四章 浪曲! 解放奴隷の魂はビヨーンと震える
1 空気を震わせ、この世を揺らがせること
2 語りの最新型 浪曲
3 近代文学百五十年の孤独
4 近代の荒れ野を野生の説教祭文語りがゆく

第五章 なもあみだんぶーさんせうだゆう外伝

残響 壱 「記憶喪失の安寿と靴の話」

第二部 祈り
第六章 語りつぐ声、歌いつがれる祈り──近代的な私たちが忘れて生きているもの

第七章 反旗を翻す歌
1 詩人、あるいは反旗を翻す者
2 詩する者/死する者──詩人金時鐘との出会いから
3 ここに生きる──詩人谺雄二と千年ブルース
4 植民地、水俣、苦海浄土
5 若き死者からの手紙

第八章 滅びゆく水の世──足尾鉱毒事件の跡を訪ねて渡良瀬川源流、松木渓谷

第九章 来たるべきアナキズム──近代を潜り抜けた「アニミズム」と「異人」をめぐって

第十章 旅するカタリとじょろり
1 近代の彼方には「じょろり」でゆく
2 不知火浄瑠璃「トヨコ桜」
3 石牟礼道子の「じょろり(浄瑠璃)」とは何なのか?

第十一章 「ひとり」たちのための祈り

残響 弐 満月の夜の狼のように〝水俣異聞〟

納口上  私はケモノで、声で、カビで

あとがき

書評情報

東琢磨
「「名もなき民」の「小さな声」を継承する」
intoxicate 第162号(2023年2月)
朝日新聞
インタビュー【著者に会いたい】「声による芸能をたどって」
2023年3月18日
松村洋
(音楽評論家)
「民の記憶とつながる」
東京新聞 2023年4月2日