みすず書房

「ブッダの道の探究は花のように見える…」
タヒティの「匂いたつ」(ノアノア)ような野生的世界のモチーフで有名なポール・ゴーガン(1848-1903)。資本主義の勃興期、株式仲買人は35歳で無職の画家に転じ、最後まで寄り添ったのはブッダの教えだった。
本書は画家の著作やノート、書簡を読み直し、これまでほとんど顧みられることのなかったゴーガンの作品と仏教のかかわりを読み解く。仏教経典にまとめられた偈(げ)、すなわちブッダの言葉をゴーガンは絵画表現に響かせようとした。「森全体を根本から伐れ」(『ダンマパダ』)――それは色彩を通じて目に見えないもの、魂の状態を「暗示」する、ひとりの修行者の芸術革命であった。
ゴーガンが文明の外をめざして旅立ったポリネシアは、聞きなれない神々が登場する創世記の原風景の地であり、おのずと彼の仏教は独創的なものになった。その島々を襲う植民地化、戦争、金銭の支配、病原菌…。
「私の一生は、倒れたり、立ち上がったり、また倒れたりの連続だったよ」(最後の手紙)。
たゆまず「解脱(ニルヴァーナ)」を求め、ついには輪廻転生を確信するまでに仏教的な悟りを重ねた画家の精神の彷徨。アジアから放つゴーガン研究の新機軸の書である。

目次

序章 暗示の芸術
一、聴く目の言葉としてのみの色彩
二、「解脱」への意志

第一章 脱皮
一、ヴォジラールで見た夢
二、転機
三、コペンハーゲンにおける「絶望」

第二章 1888年──「彼岸(カナタノキシ)」へ
一、東洋憧憬 
二、ブルターニュの海
三、ファン・ゴッホの傍らで
四、忘れ得ぬ一年の終わりに

第三章 ニルヴァーナ
一、「生」と「死」と
二、ヤコブ・メイエル・デ・ハーン
三、金字で書かれた偉大なる思想
四、「寂滅」か「解脱」か――世紀末ヨーロッパにおける仏教

第四章 死の中の生

第五章 原罪と「楽園」
一、斧を持つ男、あるいは「ノアノア」
二、ボロブドゥールの視像
三、「イヴ」を廻る女系図

第六章 悪
一、「トゥパパウ」の視線
二、オヴィリ

第七章 「野生」の中のブッダ
一、亡き王国のためのカデンツァ
二、「野蛮」のための物語

第八章 非絶の絶筆──《我々は何処から来たのか 我々は何者か 我々は何処へ行くのか》
一、死の側からの悟り
二、カンヴァスの部分にならない省察
三、ニルヴァーナの行方
四、「いいえ、知りません」

終章 輪廻転生
一、「我々」の新たな一章のための──
二、正当化し得ない悪
三、「畜生」の真智