みすず書房

〈朝永振一郎が述べているように、仁科の役割は研究そのものというよりは、研究を実施するのに必要な「土台」を日本に作ることだった。(……)本書を読んだ読者は、実際それがどれほどの巨大なもので、どれほどの努力を要するものだったかを具体的に把握したことと思う。現代の科学史・科学論の研究者ならば、この土台を知識生産の「インフラストラクチャー」と呼ぶだろう。〉(終章より)

1930年代、理化学研究所・仁科研究室は規模を増し、宇宙線観測で海外の研究者と競りながら成果を上げ始める。国内の研究者ネットワークを拡充し、海外との情報交換も活性化させていく。下巻ではさらに、湯川秀樹の中間子論の登場、巨大実験の時代の幕開けとサイクロトロンの建設、そして、仁科の名を永久に原爆に結び付けた軍事研究(ニ号研究)を経て、敗戦・占領期の破壊と混乱を見る。そこから日本学術会議や種々の研究インフラを再建して科学界を国際的な研究コミュニティーに復帰させるために、仁科は文字通り粉骨砕身した。
本書は朝永振一郎をして「超人的」と言わしめた仁科の仕事の全容を浮かび上がらせるものである。そのために著者は、自身が発見した新資料も含め、仁科関係文献・書簡やGHQ関連文書などを渉猟し、この時期の歴史的事象を精細に再構築している。20世紀の日本の科学史を語るうえで避けて通れない書になると同時に、国内の科学者に関する“科学史的伝記”の文化を切り拓く意味でも、画期的な著作である。

目次

IV 研究の開花と巨大科学への道
第16章 学振第一〇小委員会と宇宙線中の新粒子
第17章 原子核物理と小サイクロトロン
第18章 生物・医学研究者として
第19章 中間子理論と素粒子論グループ──湯川・朝永・坂田と仁科
第20章 六〇インチ・サイクロトロンの建設

V 戦争
第21章 総動員下の学術政策
第22章 理研における戦時核エネルギー研究
第23章 原爆投下と被害調査

VI 戦後と復興
第24章 サイクロトロンの破壊とラジオアイソトープの輸入
第25章 学術体制刷新運動と日本学術会議
第26章 理研所長から科研社長へ
第27章 学術外交と死
第28章 遺産

あとがき
仁科芳雄 年譜

図版出典一覧/注記/事項索引/人名索引

書評情報

堀川惠子
(ノンフィクション作家)
「著者は膨大な書簡や証言から仁科の思考の変遷、研究の苦悩に深く分け入り、「定説」に大幅な修正を迫る。……原爆をめぐる諸問題は長く政治的に扱われがちだった。戦後78年、ようやく日本の科学史が「事実」を積み上げ、原爆開発の内実を世に問うた。」
 
西成活裕
(数理物理学者・東京大学教授)
「類を見ない科学史の本である。仁科の生涯に合わせて多様なテーマが語られており、日本の現代物理学の幕開け、科学と戦争、巨大科学のマネジメントの在り方など、どの角度から読んでも面白い。」
 
牧野邦昭
(経済学者・慶応義塾大学教授)
「日本の科学の励起を可能にした要因は現代でも存在しているだろうか。日本の学術研究がエネルギーを失わないようにするためにも、本書は多くのヒントを与えてくれる。」
 
読売新聞 2023年8月6日 ★上記3名の書評を同時掲載(ご同意を得てここに抜粋転載)
佐田尾信作
(客員特別編集委員)
「「原爆開発」科学者の苦悩」
中国新聞 2023年8月20日
日本経済新聞(短評)
日本経済新聞 2023年9月9日

(画像をクリックすると拡大します)
中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター 「社説・コラム」(2023年8月)にも掲載