みすず書房

〈本書が対象とするのは、見者としてのニジンスキーではなく、ダンサーかつコレオグラファー(振付家)としてのニジンスキーである。
20世紀にはヌレエフ、バリシニコフ、熊川哲也といったスーパースターたちが、バレリーナたちに劣らず、いやバレリーナたちよりも観客を魅了してきた。そうした男性スーパースターたちの系譜の先頭に位置しているのがニジンスキーである。ニジンスキーから男性ダンサーの時代が始まったのである。
その類い稀な跳躍力によって一世を風靡したにもかかわらず、最初の振付作品には小さな跳躍が一つあるだけだ。それだけでなく、その作品『牧神の午後』はバレエの二大原理、すなわち開放性と上昇志向性を否定した。そのニジンスキーの勇気ある一歩から、現代バレエが生まれたのである。〉
さまざまな創作の源泉ともなっている伝説の舞踊家ニジンスキー。その生涯を、豊富なバレエ鑑賞経験に基づき、貴重な資料と写真を駆使して再構成した、バレエ史研究の第一人者による待望のライフワーク。

本書は、第75回読売文学賞〈研究・翻訳賞〉を受賞しました。

目次

はじめに

第一章 生い立ち
生年月日をめぐって/ニジンスキーの兵役/ポーランドという国/父トマシ/母エレオノラ/幼少期/父が家を捨てる

第二章 帝室バレエ学校
I 世界一のバレエ学校
サンクトペテルブルク劇場学校バレエ科/入学試験
II 教師たち
ヨハンソン/ゲルト/レガート兄弟/オブホフ/シリャエフ/チェケッティ/クリチェフスカヤ
III 舞台に立つ
フォーキンとカルサヴィナの驚き/『魔法の鏡』/『人形の精』/『パキータ』/『パリの市場』/『アキスとガラテア』/ミハイル・フォーキン/『ドン・ジョヴァンニ』/『庭師王子』/『エウニケ』/『ショピニアーナ』/『動き出したゴブラン織り』
IV 私生活
生活苦/いじめ/素行不良/級友たち/兄スタニスラフ/父との訣別/ガールフレンド、マスターベーション/第一次革命/若き振付家

第三章 マリインスキー劇場
I 帝室劇場バレエ
プティパ以前・以後/1905年革命/レパートリー
II マリインスキー劇場のニジンスキー
『海賊』/『パキータ』/『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』/『泉』/『ジゼル』/クシェシンスカヤ/『ライモンダ』と「ノクターン」/『アルミードの館』/「青い鳥のパ・ド・ドゥ」/『四季』/『赤い花』/ボリショイ劇場の『バヤデルカ』他/『エウニケ』/パヴロワと「青い鳥のパ・ド・ドゥ」/『エジプトの夜々』/『ショピニアーナ』第二版/パリ進出計画/二年目のシーズン
III リヴォフとディアギレフ
リヴォフ公爵/ディアギレフ/リヴォフからディアギレフへ

第四章 パリへ、世界へ
I 第3回ロシア・シーズン(1909)
ディアギレフとバレエ/歴史的公演の準備/マリインスキー劇場バレエ団の引っ越し公演/シャトレ座、1909年5月18日/『レ・シルフィード』と『クレオパトラ』/祭りの後
II 第2回バレエ公演(1910)
マリインスキー劇場1909/10シーズン/ふたたび西欧へ/その後のパヴロワ/『シェエラザード』/『火の鳥』/『カルナヴァル』/『ジゼル』/「シャムの踊り」と「コボルト」/ニジンスキーの練習法
III バレエ・リュス誕生
『ジゼル』事件とディアギレフ一座の結成/『薔薇の精』/『ナルシス』/『ペトルーシュカ』/三人のバレリーナ/『白鳥の湖』/ロシャナラ/ディアギレフとニジンスキーの性生活

第五章 振付家ニジンスキー
I 『牧神の午後』
振付の挑戦/壺絵の啓示/詩からバレエへ/振付と稽古/初演/バレエと性/ニジンスキー自身による舞踊譜/ニジンスキーの写真/ニジンスキーとチャップリン/フレディー・マーキュリーの牧神
II 引き続きダンサーとして
『青い神』/『ダフニスとクロエ』
III 『遊戯』
制作の経緯/テーマと内容
IV 『春の祭典』
起源/曲の構成/ダルクローズ・メソッド/伝説の初演/復元版『春の祭典』

第六章 転落
結婚/南米へ/ニジンスキー・バレエ団/戦争捕虜/アメリカへ/アメリカとバレエ/ニューヨーク/『ティル・オイレンシュピーゲル』/全米ツアー/スペインと南米/スイス/トルストイ

第七章 闇の中へ
サンモリッツ/ニジンスキーの絵/神との結婚/『ニジンスキーの手記』/ブロイラー/ベルヴュー/母と妹/その後のニジンスカ/ディアギレフとの「別れ」/三度目のベルヴュー、伝記と手記/インシュリン・ショック療法/最後の日々/家族のその後


主要参考文献
あとがき
バレエ作品索引
人名索引

書評情報

日本経済新聞
(短評)
「伝説ダンサー 苦悩の人生」
日本経済新聞 2023年8月5日
三浦雅士
(美術史家・国学院大学教授)
「独創的舞台 克明調査で眼前に」
毎日新聞 2023年9月9日
小池寿子
(評論家)
「バレエ史映す 超人の生涯」
読売新聞 2023年9月24日