みすず書房

わたしたちが生きているのは「歴史なき時代」である。資本主義社会が自動制御装置を備えたハイパーリアルなシステムへと変貌するなかで、「歴史感覚」や「歴史意識」はノスタルジーとされる。歴史学はいかにして現実に接近できるのか。そもそも歴史はどのようにすれば書かれうるのだろうか。
答えを求めて、著者は現代イタリアを代表する歴史家のカルロ・ギンズブルグが試みてきたさまざまな「実験」に着目する。ギンズブルグはみずからの探求と推理の過程を隠さずに語りつつテクストを織りあげてきた、歴史の実務家にして理論家なのだ。
フィクションの語りと歴史の語りは区別できないとする《表象の歴史学》への批判。出発点でなく到達点から光を受け取って真実をめざし進んでいくエッセイという方法。証拠は現実への「開かれた窓」なのか、接近を閉ざす「壁」なのか。《徴候解読》《美術鑑定と歴史学》《イーミックとエティック》《IT時代の文献学》などの鍵概念が深みと広がりとともに読み解かれる。
歴史からは限界の意味を学ぶことができるとギンズブルグは言う。だれもが盲点を内包した地平の中で動いているが、「実験」は、さまざまな問いの光に照らしだされ、つねに再開されうる、と。
第三章付録に新訳の「わたしはアルナルド・モミリアーノから何を学んできたか」(ギンズブルグ)を付す。40年以上にわたり読者・訳者・解説者として併走してきた著者の二冊目のギンズブルグ論。

目次

はじめに

第一章 ずれを読み解く――『チーズとうじ虫』読解のために
第二章 ギンズブルグにおける「表象と真実」問題のその後
第三章 トロポロジーと歴史学─―ホワイト=ギンズブルグ論争を振り返る
付録 「わたしはアルナルド・モミリアーノから何を学んできたか」カルロ・ギンズブルグ
第四章 E・H・カー『歴史とは何か』と〈言語論的転回〉以後の歴史学
第五章 エッセイの効用
第六章 政治的イコノグラフィー考
第七章 イーミックとエティック――距離をとることにかんするギンズブルグの省察
第八章 決疑法をめぐって――マキァヴェッリとパスカル
第九章 『呪術的世界』再考
第十章 二重盲検と「歴史研究における二乗された実験」