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2014.06.19トピックス

追悼 谺雄二

◇NHK「視点・論点」で若松英輔「詩人・谺雄二の生涯」

NHK(総合・Eテレ)のオピニオン番組「視点・論点」で、文芸評論家の若松英輔氏が2014年6月16日(月)、「詩人・谺雄二の生涯」の題で話されました。NHKのウェブサイト「解説カーカイブス」で放送内容の全文を読むことができます。
NHKオンライン http://www.nhk.or.jp

  • なぜいまらいなのか
  • 愛しいものたちを
  • よりたしかに知り得るからだ

2014年5月9-11日の日程で第10回ハンセン病市民学会総会・交流集会が群馬県草津町で開催された。
毎年、全国13か所のハンセン病療養所の所在地のひとつを会場に、療養者・回復者・支援者・弁護士・研究者・学生・一般市民など千人ほどが全国から参加する。
二日つづけて黙禱から始まるとは、誰が想像しただろうか。
9日、全国ハンセン病療養所入所者協議会会長の神美知宏さん、11日、ハンセン病国家賠償訴訟全国原告団協議会会長の谺雄二さんが亡くなった。まさにハンセン病運動の「ツー・トップ」だった。
長躯端麗、ダンディな神さんが格調高い言葉で語り、療養者全体を代表する。一方の谺さんは、車椅子で登場するや喝采を浴びる、闘いのスピリットそのものだった。

4月30日、谺さんの置土産のように、草津の栗生楽泉園内に国立の重監房資料館がオープンした。重監房は正式名称を「特別病室」というハンセン病者用監獄である。1938年(昭和13)から47年(昭和22)のあいだ、療養所長の権限で、裁判もなく全国から患者を収監した。53年(昭和28)に取り壊され、楽泉園内に跡地だけが残っていた。
ほとんど暗闇の中、わずかな食糧しか与えられず、93名の収監者中、23名が亡くなったとされる。冬は零下20度になり、房から遺体を運び出す時に、蒲団が板床に凍りついていたという。「草津送り」と恐れられた重監房は、「日本のアウシュヴィッツ」と表現されることもある。
資料館は重監房の一部を実寸大で復元、発掘品やさまざまな記録、証言、映像を展示する。
ハンセン病者たちが被害者で終わらず、抵抗の主体であったことが展示全体から伝わってくる。小学生でも、国家による「絶対隔離」が存在したことを知るだろう。
心臓病と肺がんを病み、「重監房開館と市民学会に出るまでは死ねない」と話していた谺さんは、4月30日の開館式には背広を着てベッドのまま出席した。これが公の場に出る最後となった。

この10年、谺さんたちは重監房の復元に向けて「自分たちだけで闘っていてもだめで、国民の支援がなければ」と、10万人以上の署名を集めた。
一方で調査を進め、氏名・入退室年月日・期間・入室理由・死因・死亡年月日等を一覧にした「入獄者記録」を作成した。入室理由には「逃走癖」「賭博」「精神病」「モヒ中毒」「窃盗」「園内不穏分子」等が、備考欄には「獄死」「出所後逃走」「不明」が並ぶ。
展示では「□岡□政」と伏せ字にされている本名が、『楽泉園ガイドブック』(楽泉園自治会発行、2013年)では血縁者の了承を得て明記されている。療養所内では社会に暮らす家族をはばかり、本名が使われなかった歴史があった。
「私たちはここ楽泉園に『人権のふるさと』を築きつつある。なのに、その私たちが名前を隠してどうする? …名前を出してこそ、生きててよかったと思える変革が成し遂げられるんじゃねえか」(『死ぬふりだけでやめとけや 谺雄二詩文集』姜信子編)。
いのちと名前はつながっている。
生き残った者たち、納骨堂に眠る者たち、重監房に収監された者たちを、名前を出すことで「らいの闇」から救いだす。
家族から引き離され、ふるさと、名前、未来を奪われたのだから、とり戻す。
谺さんは、沖縄の「平和の礎」のように、全療養所の納骨堂の前にそこに眠る者たちの本名を刻んだ「人権の礎」を建立するよう提起して、未来に託した。

2014年5月11日、3時54分。谺さんは死ぬ日を決めていたのか。13年前の5月11日は熊本・国賠訴訟勝利判決の日である。
谺さんは市民学会開催を見届け、全国からの参加者は谺さんと最後のお別れができた。棺の中の詩人闘士は黒いベレー帽とサングラス、片方偽眼の目で前を見すえていた。

「同情したり、驚いたりは誰でもできる。共に歩んで行動しなければ、人間は変われない。それを谺さんから教えられた」
谺さんの遺著となった本の編集を助け、出版を心から喜んでくださった79歳の女性がしぼりだすように語った言葉を胸に、わたしは帰路についた。
(川崎万里)

雪の納骨堂(栗生楽泉園)



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