みすず書房

間違いなく後期ソ連に関する最高傑作だ。――S・ジジェク

アレクセイ・ユルチャク『最後のソ連世代――ブレジネフからペレストロイカまで』半谷史郎訳

2017.10.12

カバー写真の真ん中にある黒い円は「ロッ骨レコード」。レントゲンのフィルムでつくった手製のレコードです。

〈これは本物のレントゲン写真で、真ん中に小さな穴をあけ、はさみで端を丸くして、やっと見える程度の音溝がある。こんなおかしな材料に目をつけて「ソノシート」をつくった理由は、簡単だ。レントゲン写真が一番安かったのだ。病院で数百枚が数コペイカで買えた。〉(本書より)。レコードの溝には西側のレコードから複製したロックやジャズなどが刻まれ、人づてに広まり、50年代以降のソ連で大流行しました。

80年代のソ連では「レパートリーに思想的な有害な作品を含む外国の音楽グループと演奏者の概要一覧」というリストが作られ、そこにはセックス・ピストルズ、ザ・クラッシュ、キッス、ピンク・フロイド、スコーピオンスなどおなじみの名前が並んでいました。西側の音楽は当局の監視下にあり、人びとはその目をかいくぐってロックを楽しんでいた――と普通なら考えそうですが、そうじゃないんだ、と本書はいいます。

〈教養豊かな国際人たるソビエト人は文化・科学・歴史・外国語に関心を持つべきだと国が繰り返し宣伝し、またラジオや録音機を増産しつづけた結果、新たな創造熱がソ連の若者のあいだに生まれ、当局の予想をはるかに超える規模にまで膨れ上がった〉

つまり、当局も人びとも西側文化の流行に矛盾していない、という矛盾した話になるわけです。アヴァンギャルドな実験精神は革命文化の一部であり、後期ソ連でも重要な美意識とされていました。インターナショナリズムもソ連文化の大事な要素です。

真実―嘘、自由―不自由、公式文化―対抗文化というまなざしではソ連的な生き方というのは説明できない。これは、ソ連で青春時代を過ごした「最後のソ連世代」である著者の実感であり、ソ連システムを理解する鍵でもあります。ソ連が崩壊するとは誰も考えていなかったのにもかかわらず、あっという間に崩壊したのは、外交だけが要因ではないということです。

ペレストロイカ後にアメリカに渡った著者は、今度は外からロシアを訪ね、膨大なフィールドワークを行います。学校ではどうだったか、どんな生活を送っていたか、何を大事にしていたのか。資本主義感覚とはだいぶ違う、かつてのソ連人たちの生き生きとしたエピソードから、ソ連というシステムの実態がはじめて見えてきます。

今のロシアを考える上ではペレストロイカよりも重要とさえ言われるこの時期をはじめて照らし出した本として、アメリカとロシアで高い評価を得ています。