みすず書房

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『アウンサンスーチー演説集』

「ミャンマーの星」の肉声を、文字にかえて伝える

ちょうど本書が刊行された頃から、その肉声をほとんど聞くことができなくなってしまった。たび重なる自宅軟禁は、今年5月にもまた一年間延長されている。過去18年のうち軟禁の期間は11年半以上に及び、ほんの一時的に解放されたときでも、当局の厳しい監視と拘束のもとに置かれてきた。

アウンサンスーチー自身の「声」をいま日本語で読もうとすれば、まとまった本としては『ビルマからの手紙』(毎日新聞の連載コラムを単行本化したもの、土佐・永井訳、毎日新聞社、1996年)、『希望の声』(アメリカ人僧侶を聞き手とするインタヴュー、大石幹夫訳、岩波書店、2000年)、『自由』(ノーベル平和賞受賞にともなう出版、ヤンソン由美子訳、集英社、1991年、品切)、そして何よりも本書『アウンサンスーチー演説集』(伊野憲治編訳、1996年)ということになるだろう。この「演説集」は、編者・伊野憲治が1988年3月から1991年2月までヤンゴンで収集したビラ、パンフレット類の資料を中心に構成されている。1988年3月というのは一連の民主化運動が始まった時点だ。運動は同年8-9月に最高潮に達し、9月18日の国軍によるクーデター介入にいたる。
アウンサンスーチーは翌89年7月20日に自宅軟禁措置とされるまでのこの期間、各地で精力的な遊説活動を展開した。一般国民または国民民主連盟(NLD)党員に向かって直接語りかけた、それらの膨大な量の演説のうち、演説後にビラやパンフレットなどの形で全文が文字化されているものをテキストとして本書に収めている。91年にアウンサンスーチーがアジアの女性として初めてノーベル平和賞を受賞したとき、マスコミはこのニュースを大々的にとりあげ、関連する緊急出版もあいついだが、しかし彼女の思想と行動、ひいてはアウンサンスーチー像へと迫る文献はごく少なかった。この演説集はそうした欠落を埋め、それまでのアウンサンスーチーのイメージに根本的な疑問をつきつけた。
本書にはまた、1995年7月10日の自宅軟禁が解かれた後におこなわれた演説をひとつだけ収めている。軟禁の前後でその主張に変化があるのかないのかを読者自身がこの目で確かめるために。

この8月からミャンマー(ビルマ)では、僧侶・学生・市民が全国で数十万人にのぼる規模で街頭デモをくりかえし、それに対して軍事政権の激しい弾圧が続いている。9月22日、僧侶のデモ隊が静かにアウンサンスーチー宅へ向かった。アウンサンスーチーは4年4か月ぶりに人々の前へ姿をあらわし、門のところで両手を合わせて祈りを捧げたという。輝きつづける「ミャンマーの星」を、これほど鮮やかに象徴する光景があるだろうか。




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