みすず書房

トピックス

スーザン・ソンタグ『土星の徴しの下に』

富山太佳夫訳

「解釈学のかわりに、われわれは芸術のエロティックスを必要としている」

――ソンタグはこう宣言して颯爽とアメリカの論壇に登場し、一躍、時代の寵児になった。その彼女も2004年に癌で亡くなり、寂しいかぎりである。イラク問題の混乱一つをとっても、彼女が生きていれば、今どう発言したろうか? と考えるひとは多いだろう。二つの世紀を挟んで、大きく現代を代表する批評家を挙げるとすれば、いろいろ異見はあろうが、ジョージ・スタイナーとスーザン・ソンタグの二人を挙げるひとがあってもおかしくはないだろう。文学の世界にかぎらず、政治の領域にあっても二人は独自の意見と立場に立っていた。
「あまりにも多才なスーザン・ソンタグを通常の文芸批評史の中に位置づけるのは容易なことではない。1960年代の初めからおよそ40年間にわたって継続された彼女の作家活動は、いわゆる文芸批評の他に、映画監督、脚本家、小説家としての仕事も含んでいるし、何よりも英語圏の文芸批評から大きく逸脱する一面を持っている」(富山太佳夫)。
ソンタグはどちらかというと、フランスのロラン・バルトに親近性があるように思われてきた。しかし、本当にそうなのだろうか? 本書を読むと、バルトをご贔屓にしながらも、ソンタグはもうすこし違った方向を目指していたような感じである。表題にもなった「ベンヤミン論」をはじめ、激烈なレニ・リーフェンシュタール批判を読むと、彼女のもう一つの面が顔を出しているように思われる。
おそらく本書を書くあたりから、彼女の思考の中心を占めはじめたのは、〈歴史〉という概念ではなかったか。この姿勢がはじめから彼女に潜在していたのか? それはともかく、『他者の苦痛へのまなざし』にはっきり現われている歴史感覚、現代政治への批判は本書あたりから萌しているようだ。その意味で、本書はソンタグの批評を考える上でメルクマールとなる一冊だろう。

(本書は1982年に晶文社より刊行された『土星の徴しの下に』に、訳者による手直しと新しいあとがきを加えて再刊したものです)




その他のトピックス