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酒井忠康『若林奮 犬になった彫刻家』

横須賀美術館『若林奮 VALLEYS』展 好評開催[終了しました]

昨年4月に開館した横須賀美術館(神奈川県)で、2月16日から「若林奮 VALLEYS」展がいよいよスタートしました(3月16日まで)。この展覧会は、同美術館の前庭に置かれる若林奮(いさむ)の彫刻作品《Valleys(2nd Stage)》を中心に、未発表作品を含む立体作品約30点、版画、ドローイング約120点によって若林の仕事を捉えなおそうとするもので、会期初日から多くの美術ファン・若林ファンが訪れています。彫刻家の若林奮(1936-2003)は、1950年代から鉄や銅、鉛などの金属素材を使い、深い自然観に基づく思索的な作品で現代美術ファンを魅了しつづけました。その作品は飯島耕一や吉増剛造ら詩人たちに愛され、その後は李禹煥や中西夏之らとともに日本の現代美術をリードしましたが、2003年に惜しくも急逝しました。

その若林奮に早くから着目し、内外に紹介してきた美術評論家の酒井忠康氏(現・世田谷美術館館長)による講演「若林奮の思い出」が、17日に同美術館で開催されました。当日は横須賀市制101周年を記念する無料観覧日とあって横須賀市民も多数訪れ、会場はたちまち満員となりました。酒井氏はプロジェクターを使って、私信のやりとりや独創的な作例を紹介しながら「私小説」風に話を進めました。

若林奮との思い出を語る酒井氏(2月17日)

1967年に初めて出会ったときの印象から始まり、綿屋を営んでいた町田の実家が火事になり、熱による物質の変化に興味を持ったことがきっかけで、その後の難解な鉄彫刻に向かったのではないか――というエピソード。また西洋の作家には、鉄や木といった素材を、フォルム(形象)を支持するための二次的な存在ととらえる傾向があるのに対し、日本人の作家は「素材からの誘惑」を受けて制作に臨み、鉄や木のなかに精神性を見出す傾向があり、若林奮という作家はそれをかなり強く持っていたという指摘。その見方は、本展にも展示された《振動尺》《胡桃の葉》などの代表作を見ても容易にうなずけるものでした。

難解といわれる若林作品の解釈・鑑賞について会場から質問が出されると、酒井氏は「僕も若林さんの作品はうまく説明できない。無理に解釈しようとすると〈意味〉に流されがちなので、先入観にとらわれず自然体で臨んだほうがよい」などとアドバイスされました。講演会場を後にした観覧客は、館内に戻って彫刻やドローイングに見入ったり、屋外に出て《Valleys》のなかを歩きながら手で触ったり、思い思いの鑑賞方法で若林作品と接していました。

若き学芸員時代から「ことば=思索」を通じて作家と心を通わせてきた酒井忠康氏の、30年以上に及ぶ若林論・エッセイ『若林奮 犬になった彫刻家』がいよいよ刊行。2008年春、本書刊行と横須賀美術館「若林奮 VALLEYS」展を好機として、新たな若林像の探求の始まりが期待されます。


横須賀美術館と《Valleys(2nd stage)》


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