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野田正彰『見得切り政治のあとに』

批評性の魅力ともう一つ、優しい情感を湛えた文章群

本書をもって野田正彰さんの辛口時評エッセイ「今日の視角」(「信濃毎日新聞」連載)の単行本化シリーズは三冊目となる。この連載は、折々の時事的な政治・社会問題を固有の視点でコメントした、その批評性が魅力となっている。だから、本を紹介するときも、そうした側面を明確にお伝えするようにしている。
しかし、この連載には、もう一つのタイプとして、優しい情感を湛えた文章群がある。たとえば、以下のような一編がそうだ。本シリーズに収録された随筆それぞれの多様性を知っていただきたく、ご紹介する次第です。

「人類は文明の発達とともに忙しくなり、無為の時間を失ってきた。茶の木の発見、そして茶を楽しむ習慣は、それでも私たちに無為の時間の大切さを伝え残している。何かのために、生きていくために行動するのではなく、私たちはお茶を飲むことによって、生きている時間そのものをゆっくりと味わうのである。
茶の国、中国には「茶館」がある。清代の北京には多くの茶館があったが、社会主義革命後なくなった。十年ほど前まで、四川省の成都にはまだ多くの茶館があり、中庭の老樹を取り囲むように並べられた竹づくりの大椅子に座り、近隣の人びとは茶を楽しみ、碁・将棋にふけっていた。ビルが林立するにつれ、成都の茶館も消えつつある。
ところで台湾には、古い茶館が少し残っている。台湾島の北、基隆の港町から南へ下ると、山の斜面に九?(きゅうふん)の町がある。日本の植民地時代、金鉱として栄え、中国と日本の折衷様式の建物が並ぶ路地がそのまま残っている。そのため映画「悲情城市」(侯孝賢 監督1989年)の撮影舞台となった。
小上海とよばれる狭く急な石段は、半世紀以上の歳月を経て黒ずみ、海からの湿った風を受けて苔むしている。ぼんぼりが灯り、赤紙の対聯(ついれん)をはった店に、日本の着物、蓄音機、木彫の面、くすんだ衝立などが置かれ、すべてが昔をしのぶ家並みとなっている。その中の一軒、「阿味茶楼」に入り、いくつかの茶の葉のリストから好みの茶を選ぶ。福建式の茶の作法で、最初のお茶を捨て、二番茶を小さく細長い茶碗に注ぐ。その上に小さな茶碗をかぶせ、ひっくり返してお茶を移す。空になった細長い茶碗をかぐと、残り香がひときわ濃くなって漂う。こうして何杯も何杯もお茶を飲み、青梅の甘い漬物を茶請けに茶に酔う。窓の外にぼんぼりの灯がつらなり、ノスタルジーの町がゆらゆらと霞んでいる。生きてきた時間は年をとるとともに濃くなってくる。回を重ねるにつれ茶は淡くなっていくが、無為の時間は濃くなっていく。」

「お茶と無為を楽しむ」(2005年9月30日)




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