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笠原嘉『うつ病臨床のエッセンス』

笠原嘉臨床論集

副作用の少ない新しい抗うつ薬が広まり、「双極II型」「ディスチミア親和型」など“新型”うつ病をめぐる議論のかまびすしい今日。私たちにとっても「うつ病」は非常に身近なものになった。
医療に携わる方は、著者の名を聞いて「笠原・木村分類」と呼ばれる論文「うつ状態の臨床的分類に関する研究」(1975)を思い出される方も多いかもしれない。わが国におけるうつ病分類の、まさに原典である。
『うつ病臨床のエッセンス』は1991年刊行の『外来精神医学から』(みすず書房刊、品切)以来の臨床論集となる。

笠原嘉氏は、中井久夫氏、木村敏氏らと同じ時期に医師としてのキャリアをスタートし、すでに半世紀以上を精神科医としてすごしてきた。
米国発の診断基準(DSM、米国精神医学会の診断基準)や市場原理がわが国にも導入されるのを目の当たりにし、そのなかにあって、あくまで「いま、日本の診察室で役立つこと」を研究の対象にしてきたと本書のなかでも振り返っている。(ちなみに本書には、そうした「役に立つ」研究を追い求めてしまう自分の気質を分析した箇所もある。)

『うつ病臨床のエッセンス』の巻末には、「解題」として、笠原氏自身が収録論文執筆当時のことを振り返ってくれた。
「笠原・木村分類」論文の解題には、次のような思い出話も書かれている。

「DSMの立役者の一人スピッツァー氏が来日したとき、座談の席でこれを見てもらったが、当然のことながら、彼はおよそ歯牙にもかけなかった。多軸診断を考えるところなど共通したところもあったのだが。」

米国の医師が見向きしなくても、世界中のどこでも通用する研究でなくていい。日本の健保下で通用する研究を精一杯やれば、それでいい。
「笠原・木村分類」はそんな著者の精神医学観を代表するような名品なのである。
この本には、臨床のエッセンスのみならず、臨床家として、医学者としての生き方のエッセンスまで詰まっている。




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