みすず書房

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柳宗玄『祈りとともにある形』

インドの刺繍・染と民画 [18日刊]

岩波書店の月刊誌『図書』の表紙の構成は、長いこと変わっていない。それが、ある種の安心感をもたらしている。用紙が現在のようなコート紙になる前は、薄いがしっかりとした光沢のない紙であった。そこに誌名と年月と社名を配し、中央に一枚の写真。解説が表紙の裏にあるのも、ずっと同じである。いま書いているのは宮下志朗。数年前までは坂本満。どちらもたいへん博識な方で、そうでなくては長い年月にわたって図版を選んでその美しさや意味や歴史を説くことはできはしない。

この『図書』表紙解説をずいぶん長く書いていたのが、柳宗玄である。もう30年ほど昔のことになるが、中国唐代の詩人のような名前をもったこの学者の文章は、学生だった私の心にもつよい印象を残す深みをそなえていた。思えばその頃から、柳宗玄は何かに導かれるようにインドへの旅を繰り返すようになっていたのだった。

柳宗玄(やなぎ・むねもと)は、日本の民藝運動を起こした柳宗悦の次男、兄は日本民藝館を担った柳宗理、弟はテレビの園芸番組でもおなじみだった柳宗民である。柳宗玄は90歳を迎える近年まで、インドへの旅を続けてきた。元来は名著『西洋の誕生』などで知られるヨーロッパ美術史家で、フランス・ベルギーへの留学から帰国した1950年代から、東京芸術大学、お茶の水女子大学、定年後は武蔵野美術大学で教鞭をとった。

このポリマスと言っても過言ではない柳宗玄が、多年の思いを込めて書き下ろしたインド民藝紀行が、本書『祈りとともにある形』である。日本でもミティラ絵画としてよく知られるマドゥバニ絵画をはじめ、朝ごとに家の前の地面に女たちが描く線画、白布に白糸でおこなわれる刺繍カンタ、光の花園プルカリ、グジャラットの刺繍、布の中の布たるパチェディ、自然界の生活を描くワールリ族の絵など、各地を訪れて見つめ、集めた庶民の芸術。失われゆく祈りと形の世界を、写真に留め、蒐集して、ゆっくりと言葉にしていった。ようやく今、その成果を明らかにする。貴重な記録であるとともに、美をもとめる巡礼の書でもある。




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