みすず書房

「私が努力したのは、できるだけ正直に書くことと、すべてのものが政治的な時代であるにしても、望むらくは、せまい党派的なものにかたづけてしまうことができないものの意味をできるだけあきらかにすること、であった」
編集者であり、作家、評論家、さらには翻訳者でもあった高杉一郎(1908−2008)の人生は、いっけん多彩である。広津和郎、中条百合子、中野重治らとの交友、『極光のかげに』に代表されるシベリア抑留体験の語り部としての側面、さらには、『トムは真夜中の庭で』など歯ごたえのある児童文学の翻訳。これらは同時に、社会主義への共感を抱いたものが、抑留体験を経て、全体主義への批判に向かうという、20世紀を象徴する生涯でもあった。
しかし、その多面的な活動の根底につねにながれていたのは、深い人間性への信頼と、その普遍性を信じるインターナショナリズムであったろう。
シベリアの収容所の暗い電燈のもとで、作業監督から借りてきた、大きな活字で印刷された薄っぺらい子どもの本を読んで、「ボロボロと涙を流した」高杉一郎。
時代に抗しつつ、書くことの誠実さを追い求めた文業を、いま見つめなおす。

目次

文学的散歩——プロムナード・リテレル
I
火筒のひびきが遠ざかったあと
『英語青年』を生き残らせたR.F.閑談
中里介山の色あざやかな赤門
人生の光芒を残した政治家
兵隊服の中野重治
あたたかい人
縁あって魯迅の孫娘を知る
蕭軍の来日を迎えて
こがらしの森
II
編集者のことば——エロシェンコ全集によせて
エロシェンコと長谷川テル
北京の世界語者たち
世界語百年の歴史をめぐる人々
エロシェンコの墓
III
児童文学の王国 イギリス
私と児童文学
IV
アグネス・スメドレーの人と作品について
クロポトキンと日本
V
『極光のかげに』あとがき
俘虜記の頃
シベリアに眠る人々を思う——新しい日ソ関係のために
追想のシベリア——胸に迫る棄民の無念
あすのシベリアのために
シベリア抑留問題に尽力した男の人生——白井久也『ドキュメント・シベリア抑留』書評
歴史家の重い責務——『シベリアの日本人捕虜たち』書評

書評情報

ふえみん
2010年1月15日号

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