みすず書房

「ちょうど私は五十五歳を迎える前で、三十年の教師生活にケリをつけ、べつの生き方を心に決めていた……翌春、勤め先の大学に辞表を出して、晴れて自由の身になった。しばらくはせっせと図書館に通い、自分用の資料をつくった……遅々としてはかどらない講義ノートとは大ちがいで、こちらは一つまた一つと興味の対象が加わり、関心が風船玉のようにふくらんでいくことを思い知った。気がつくと〈日本の祭り〉とメモをつけたボッテリと厚いファイルが五冊ばかりできていた」
かくて第二の人生がスタート、その成果の一つが本書である。日本全国のなつかしい36の祭りを自分の目で見て、その文化的・民俗的な意味を確認し愉しんだ貴重な探訪記である。神田祭りや葵祭りといった有名なものはここには入らない。また観光を優先してイベント化された祭りも対象外である。その地域の風土に根づき、共同体の生活の中に生きている年中行事としてこそ〈祭り〉はありがたい。伝統的文化の根枯れ現象に抗する、地味でも生き生きとしたその地域固有の祭りがたのもしいのである。著者が高校二年の夏、昭和三十二年に見た高度成長期に入る以前のねぶた祭りはその意味で象徴的である。何十万もの観光客で賑わう現在のものとは大違いだが、その差違は熟考に値するだろう。本書は〈祭り〉の醍醐味を味わうと同時に、いま失われようとしているその文化的意義について改めて問い直す一冊でもある。

目次

祭りの季節 ちいさな手引き
I
寒中みそぎ  (北海道木古内)
梵天祭  (秋田県赤沼)
鹿子踊り  (山形県新庄)
山伏神楽  (宮城県丸森)
火伏せ  (宮城県中新田)
野獣退散  (福島県箱崎)
II
神々の訪れ  (茨城県小栗)
悪疫調伏  (栃木県烏山)
天狗現る  (群馬県沼田)
氷分け  (群馬県草津)
海のお渡り  (神奈川県真鶴)
神々の再開  (千葉県一宮)
萬民豊楽  (埼玉県小鹿野)
狐の行列  (東京都北区王子)
III
凧合戦  (新潟県白根)
鬼退治  (新潟県赤泊)
明神の申し子  (富山県砺波)
花馬の里  (長野県田立)
藤切り  (山梨県勝沼)
六日祭  (岐阜県長滝)
人と水  (愛知県津島)
悪病退散  (石川県宇出津)
王の舞  (福井県三方)
IV
天を焦がす  (滋賀県近江八幡)
鬼の舞  (和歌山県九度山)
ケンカだ ケンカだ  (兵庫県姫路)
竜と唐子と  (岡山県牛窓)
大漁祈願  (香川県庵治)
継ぎ獅子  (愛媛県今治)
菖蒲綱引き  (鳥取県岩美)
馬のお使い  (島根県隠岐)
大国祭り  (高知県伊野)
V
和布刈神事  (福岡県門司)
夜神楽  (宮崎県西米良)
獅子退治  (熊本県八代)
大宝砂打ち  (長崎県玉之浦)

書評情報

平松洋子(エッセイスト)
朝日新聞2010年5月23日(日)
天野祐吉(コラムニスト)
新潟日報2010年5月9日(日)
信濃毎日新聞
2010年5月23日(日)

関連リンク

「トピックス」

上記「トピックス」では、岐阜県奥美濃「寒水の掛踊」にふれた本書の書き出し「祭りの季節 ちいさな手引き」のはじまりの一節と、北海道木古内「寒中みそぎ」、群馬県草津「氷分け」、富山県砺波「明神の申し子」、長崎県玉之浦「大宝砂打ち」の、それぞれ写真一葉と文章の一節とが紹介されています