みすず書房

ランボー全集 個人新訳

判型 A5判 タテ210mm×ヨコ148mm
頁数 592頁
定価 6,600円 (本体:6,000円)
ISBN 978-4-622-07612-4
Cコード C0098
発行日 2011年9月 1日
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ランボー全集 個人新訳

「また見つかったよ。
何がさ?——《永遠》。
太陽といっしょに
行ってしまった海さ」

邦訳としては五番目、そして個人訳としては初めてのランボー全集である。
十数種類もある批評校訂版をそれぞれ参考にしつつも、注釈などは最小限にとどめ、なによりもまず通読しやすく、座右に置いてくり返し読むことのできる全集となった。
長年ランボーの読解に心血を注ぎ、とりわけ詩作放棄後アラビア、アフリカでのランボーの足跡をくまなく追うことで、これまでほとんど顧みられなかったアフリカ書簡に斬新な解釈を施した訳者による個人完訳。
生き生きとした“今”の日本語による、清新な詩篇と散文。「地獄の季節」が、「イリュミナシオン」が、たった今書かれたような息づかいに触れる。また、実際に現地へ何度も足を運んできた訳者ならではの、精確で喚起力のある、ドキュメンタリーとしても一級の書簡集(1870‐1891年、計203通)。“永遠に来たるべき詩人”ランボーのアクチュアリティを、未来へつなげる。

装幀 = 岡崎乾二郎

目次

詩篇と散文
  感覚
  オフェリヤ
  みなし子たちのお年玉
  太陽と肉体
  聖衣の下の心
  水から出てくるヴィーナス
  最初の夕べ
  ニナの即答
  [九二年と九三年の死者たちよ……]
  首吊りどものダンス・パーティ
  たまげる子どもたち
  ロマン
  皇帝の憤激
  悪
  タルチェフ懲らしめ
  音楽につれて
  鍛冶屋
  わが放浪
  冬に夢みて
  タンス
  ザールブルックの赫々たる勝利
  おませな女の子
  みどり亭で
  谷に眠る男
  ビスマルクの夢
  盗まれた心臓
  パリジャンの戦争の唄
  僕のかわいい恋人ちゃん
  しゃがみこんで
  七歳の詩人たち
  パリのばか騒ぎ あるいはパリまたごった返し
  教会の貧乏人たち
  慈悲の姉妹
  正義の人
  最初の聖体拝領
  花について詩人に語ったこと
  座る人たち
  シラミをさがす女たち
  税関の役人
  夕べの祈祷
  酔いどれボート
  半獣神の頭
  母音
  [星はきみの耳の核心に……]
  尻の穴のソネット
  百合
  ローマで見た
  艶なる宴
  [僕は三等の客室にいた。……]
  [《人類》は、ばかでかい《進歩》という……]
  たわごと
  たわごと
  皇帝陛下の古参兵よ!
  座席の戒厳令?
  ほうき
  追放
  呪われた小天使
  [夏の夕暮、ショーウィンドーの……]
  [枕頭の書、心を鎮める……]
  陰鬱なる活写、ベルモンテ抄
  痴呆老人の追憶
  回想
  フェリックス・レガメーのアルバム所収の十行詩
  淫行詩篇
  [われらの尻は……]
  便所のための詩
  カラス
  ジャンヌ・マリーの手
  愛の砂漠
  渇きのコメディー
  朝のよい思い
  カシスの河
  涙
  忍耐の祭り
  五月の軍旗
  いちばん高い《塔》の唄
  永遠
  黄金時代
  若夫婦
  [かの女はエジプトの舞姫か?……]
  [アマランスの花壇がジュピターの……]
  飢えの祭り
  [季節よ、城よ、……]
  [聞けよ、鹿の鳴き声のように……]
  恥
  [僕らにとって何だというのだ、……]
  ミシェルとクリスティーヌ
  記憶
  福音書による散文


地獄の季節
  *****
  悪い血
  地獄の夜
  錯乱I 狂乱の乙女
  錯乱II 言葉の錬金術
  不可能
  閃光
  朝
  訣別


イリュミナシオン
  大洪水の後
  少年時
  コント
  パレード
  アンティック
  BEING BEAUTEOUS
  生
  出発
  王権
  ある理性に
  陶酔の午前
  フレーズ
  労働者
  橋
  街
  轍
  街また街
  バガボンド
  都市
  眠れない夜
  ミスティック
  あけぼの
  花
  俗なノクターン
  航海
  冬の祭り
  苦悩
  メトロポリタン
  野蛮
  岬
  場面
  歴史の夕暮
  運動
  ボトム
  H
  献身
  デモクラシー
  フェアリー
  戦争
  魔人
  青春
  バーゲン

書簡集

ランボー年譜
解題

辺見庸「瓦礫の原でランボーを読む」

(作家・辺見庸氏より本書の刊行にさいしてお寄せいただいた文章です)

かつて燦爛たることばの乱舞があった。内にも外にもおよそ境域も抑制もないイマージュの無限展開があった。詩句が眼を灼き、心臓を射た。にしても、美でもあり致死性の鴆毒(ちんどく)でもあったことばの奇蹟と幻怪はなぜ可能でありえたのか。いま、アルチュール・ランボーを没後百二十年だから読むべきなのではない。百二十年後、すっかり廃れたことばの荒れ野にたちつくし、ランボーとはいったいだれであったのか、自由な心は今日なぜこうもすがれ、病んでしまったのか…のわけがらをたぐるために読まれるべきである。ランボー没後百二十年は、ときあたかも、大地震と原発メルトダウンにかさなった。詩人がことばの底から時代を画する災厄を呼びよせたかのように。それかあらぬか、瓦礫の原で鈴村和成新訳「地獄の季節」や「イリュミナシオン」を読んでみるとよい。惨憺としてなお美しい近現代の終わりの夕焼けが詩行のかげに見えてくるから。

copyright Henmi Yo 2011

書評情報

和合亮一(詩人)
週刊読書人2011年11月25日(金)
読売新聞
2011年11月7日(月)
朝日新聞
2011年10月2日(日)
日本経済新聞
2011年11月12日(土)
野家啓一(東北大学教授)
読売新聞2011年12月4日(日)

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