みすず書房

「光子の裁判」「鏡の中の物理学」をはじめとする著名な作品から、知る人ぞ知る佳品「思い出ばなし」「量子力学の曙」まで、朝永振一郎の必読作に一冊で出会える新編集本。著者の哲学と遺産が立体的に浮かび上がるように編纂されている。

“朝永先生の書かれるものは、すべてこの「わかり方」に貫かれているように感じている。別の言葉でいえば、一つの理論を理解するとは、その理論を作った人が「どういう動機で、どういう心理で、どう考えたのか」まで読みこむということである。ここにも朝永「物理学」の魅力がある。”(本書「解説」より)

そんな考究の成果が、さりげなく、しかし絶妙な表現で差し出される。日本における量子力学の事始を語った「座談 量子力学の衝撃と体験」のようにやや専門に踏み込んだ内容のものも含まれているが、学びの途上で読み返せば、本書はそのたびにより深い洞察を開示してくれるだろう。

著者自身の道程を反映した一連の文章からは、俊才であった著者も、山の威容に圧倒されながら歩む登山者のように、一足一足歩みを進めたことが真率な言葉で伝わってくる。

「大それた学問などやろうと思ったのは結局やっぱりまちがいだった、といった想念がいつも心の底にこびりついている。そんなとき、東山荘の朝の礼拝から聞こえてくる讃美歌の甘美な声に意味もなく涙ぐんでみたり……」(「思い出ばなし」より)

学問を深めたいと願う者にとっての灯台のような文章群だ。

* 本書に収録の「鏡の中の物理学」は、講談社学術文庫『鏡の中の物理学』所収の「鏡のなかの物理学」とは異なる作品です

目次

I 物理の世界
原子論の発展[1962]
宇宙線の話[1955]
光子の裁判──ある日の夢──[1949]
鏡の中の物理学──自然法則の対称性──[1974]
エーテル・場・素粒子[1952]

II 学問との出会い
思い出ばなし[1962-1963]
量子力学の曙[1975]
座談 量子力学の衝撃と体験[1975]
超多時間理論の誕生からくりこみ理論まで[1976]

III 教育について
数学がわかるというのはどういうことであるか[1961]
歴史と文明の探求(討議における発言)[1976]
座談 科学と知的好奇心[1965]

解説──朝永「物理学」の魅力(江沢洋)
典拠一覧

* 「鏡の中の物理学」は、講談社学術文庫『鏡の中の物理学』所収の「鏡のなかの物理学」とは異なる作品です

書評情報

上條隆志
数学セミナー2013年3月号