みすず書房

「はたして自分が田舎者なのかパリっ子なのか、わたしにはわからない。わたしはたまたまノルマンディに生まれた。そして、わたしの作品の大部分は、子供時代や思春期を過ごしたポーの町とベアルヌ地方から着想を得ている。けれども、わたしの町ということになれば、それはパリである。本当のパリっ子とは、別の土地で生まれ、パリで生きるのが征服することであるような人間をいうような気がするのだ。それには、セーヌ河にかかる橋を渡って、目を見はるだけで十分だ。比較を絶する空が広がっている。夢ではなくて、わたしはパリにいるではないか!」(本書より)

1943年以来ずっとパリに暮らす、97歳の作家が、19世紀パリの印刷工だった祖父の住所を皮切りに、数々の思い出と出会いにあふれる町を言葉で散歩する。占領から解放される現場に立ち会い、カミュのもとで編集発行された《コンバ》紙のジャーナリスト、ガリマール社の編集者として、多くの作家を知ったグルニエの、親切な道案内で路地裏を歩いてゆく読者に、パリは新たな相貌をみせてくれるにちがいない。
本書には、ジッド、サルトル、ジュネ、バタイユ、フォークナー、ヘミングウェイ、カルペンティエルなどが姿をみせ、今は亡き親しい友人たち(ブラッサイ、パスカル・ピア、クロード・ロワ、ロマン・ギャリ)も生きているようだ。都市を舞台とした愛情地理学にして、人生のアドレス帳。

書評情報

西永良成
ふらんす2017年3月号

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