みすず書房

患者になる人は幼い時から一家の調停者であったかも知れない。
統合失調症の患者の幼い時の特徴は「いい子」「手のかからぬ子」そして「エピソードをまわりが思い出せぬ子」である。
(「家族の表象」1983)

過保護という言葉は、むしろ逃げ口上に使われることが多い。よく聞くと、過保護どころか、保護のひどい薄さに気づく。子も「過保護」と親から聞かされているので、自分は過保護で育ったと思っているが、ちょっと突っ込んで聞くと、安心感を持てない状態がずっと続いていたことがわかる。過保護とは多分、不安を伴った育児のことだろう。保護されたいという親の思いが、子を保護しているという思い込みにすり替えられる。こういうすり替えは実によく起こるものだ。こういう親は、われわれに向かって、まるで他にはそれ以外には考えられないかのように「では放っておいてよいのですか」という。このことばは、親自身のよるべなさと、それへの鬱憤を表わしているのだと私は思う。
(「親の成熟と子どもの自立」1987)

第2巻には、1982年刊行の2冊『分裂病と人類』『精神科治療の覚書』でその名が非専門家にも知れ渡りはじめた時期の文章、長短36編を収録する。

目次

家族の表象——家族とかかわる者より
治療のジンクスなど——精神科医のダグアウト 1
私の入院——精神科医のダグアウト 2
神戸の精神医療の初体験——精神科医のダグアウト 3
知命の年に——精神科医のダグアウト 4
ジンクスとサイクルと世に棲む仕方と——精神科医のダグアウト 5
神戸の額縁
名谷に住む
住む場所の力
大戦下からのヴェルヌ
日本の家族と精神医療
「つながり」の精神病理——対人相互作用のさまざま
島の病院
あるドイツ人老教授の思い出
神戸の光と影
笑いの機構と心身への効果
私の日本語作法
現代中年論
日本語を書く
たそがれ
信濃川の河口にて
龍安寺にて
ドイツの同世代の医師
N氏の手紙
過ぎた桜の花
ある応接間にて
日本人の宗教
日本の医学教育
きのこの匂いについて
関係念慮とアンテナ感覚——急性患者との対話における一種の座標変換とその意味について
治療文化と精神科医
精神科医からみた子どもの問題
「伝える」ことと「伝わる」こと
親の成熟と子どもの自立
精神科医の「弁明」——社会変動と精神科の病を論じて国際化の心理的帰結に至ろうとする
世に棲む老い人

解説2 最相葉月
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