みすず書房

ボードレールの自己演出

『悪の花』における女と彫刻と自意識

判型 A5判
頁数 528頁
定価 10,450円 (本体:9,500円)
ISBN 978-4-622-08858-5
Cコード C1098
発行日 2019年11月8日
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ボードレールの自己演出

「本研究が論じるのは、彫刻のような身体を持つ女と恋愛する男の物語である。彫刻は古代の理想を体現している芸術であり、男は作家の化身である。彼は女との恋愛を通じて、愛に関する思想を深めていくかに見える。こうした精神性の追求から(…)作家が芸術家として、どのように自意識を作ったのかが透けて見えてくる」。
象徴主義(サンボリスム)の始祖であり、あらゆる現代詩人の父とも言うべきシャルル・ボードレール(1821-1867)。詩人が生涯をかけて編纂した『悪の花』は、彼の自伝的なエピソードをモチーフとしながらも、たび重なる演出で虚構化されていった作品である。詩の語り手は、女のモチーフを彫刻化することで、詩集を近代人の成長の物語として演出した。
美術批評家としてのボードレールは彫刻を批判したことで知られる。しかしその批判は19世紀中葉の彫刻が対象であり、当時は彫刻が低迷していた時代であった。ボードレールにとって彫刻的な美とは女の悪を装うためのものであり、その美意識は「ダンディ」へ通ずる。
「ボードレールの批評は近代のものであった。新プラトン主義者のように聖女や天使のイメージを求めたのではなく、男に逸楽をもたらす女を演出したのである。(…)彼は官能を題材としながらも、それを崇高なものに演出することで、二つの異なる美をつなぎ合わせる」。
『悪の花』のプレオリジナル版、初版、第二版と、その異同を徹底的に読み込むことによって、ボードレールがいかに自伝的な詩を組み合わせて「官能に耽溺していく青年の成長物語」を演出したかを詳細に描き出す。文学史と美術史の最新の知見を踏まえながら、これまで語られなかった詩人の新たな像を析出する、画期的な新研究。



書評(日本ヴァレリー研究会ウェブサイト)https://www.paul-valery-japon.com/post/小倉康寛『ボードレールの自己演出-『悪の花』における女と彫刻と自己意識』(みすず書房、2019)/森本淳生

目次

略号
凡例

序論
1. はじめに
2. 『悪の花』と自己演出
3. 女のモチーフと彫刻化
4. 構成

第一部 自己演出と芸術
第一部の序論

第一章 『悪の花』の演出——五つの論点
1. 女たち
(1) ジャンヌ (2) サバティエ夫人 (3) マリー
2. 演出されたプロフィール
(1) 不正確な旅行歴 (2) 中国趣味、ジャポニスム (3) 詩におけるインドへの憧れ
3. 執筆方法と草稿の破棄
(1) 古い原稿の破棄 (2) メモの結合
4. 時系列の混淆
(1) 初期作品の推定 (2) 大幅な書き直し (3) 約十五年の沈黙
5. 『悪の花』と自伝
小帰結

第二章 ボードレールの演出——新プラトン主義と「ダンディ」
1. 十九世紀フランスと新プラトン主義
(1) 社会主義と神秘主義 (2) ボードレールと新プラトン主義 (3) 若い頃の関心
2. 新プラトン主義の特徴
3. 五つの論点
(1) 三つの共通点 (2) 二つの相違点 (3) 芸術家ボードレール
4. 芸術論としての「ダンディ」
(1) ダンディ一般 (2) ボードレールの「ダンディ」 (3) 精神性の追求
5. 近代と「ダンディ」
(1) 無力な「ダンディ」 (2) 無力感と美 (3) 「ダンディ」の課題
小帰結

第三章 女のモチーフの演出——化粧と彫刻
1. 女の魅惑
(1) 女の役割 (2) 秘めた願望
2. 女の二重性
(1) 天使と獣 (2) 愛の二重性 (3) 両義的な女の美
3. 「ダンディ」ならざる女
4. 悪と化粧
(1) バルザック『ベアトリクス』 (2) ボードレール「化粧礼賛」 (3) ソクラテスの化粧批判
5. ピグマリオン王とミダス王
(1) 初期作品とピグマリオン王のイメージ (2) 「芸術家たちの死」における彫刻家の変化 (3) 後期作品におけるミダス王のイメージ
6. 「あるマドンナへ」
小帰結

第一部の結論

第二部 彫刻と想像力
第二部の序論

第四章 近代人と彫刻——ヴィンケルマンとその批判的受容者たち
1. 彫刻の聖性——ヴィンケルマン
(1) 「大いなる様式」と「美しい様式」 (2) 美の要件 (3) ヴィンケルマン思想の受容
2. 聖性の敬遠——ディドロ
(1) 『一七六七年のサロン』と『一七六五年のサロン』 (2) 『絵画論』における彫刻 (3) 聖と俗の二重性
3. 有用性と恋愛——スタンダール
(1) スタンダールとヴィンケルマン (2) 美と有用性 (3) 美と欲望
4. 『古代美術史』の止揚——ヘーゲル
(1) ヴィンケルマンの受容 (2) 彫刻の黄昏 (3) 十九世紀中葉のフランスにおけるヘーゲルの受容
小帰結

第五章 十九世紀中葉の彫刻の「低迷」とボードレール
1. 彫刻の失墜した時代
(1) フランスの有する彫刻の貧弱さ (2) 資金難 (3) 体制の取り締まり
2. 十九世紀中葉と彫刻の普及
3. ゴーティエと体制派
4. ボードレールの位置
小帰結

第六章 ボードレールの彫刻批判
1. ボードレールの批判
(1) パリの街中の彫刻 (2) 小綺麗な彫刻に対する批判 (3) プラディエ批判は妥当か?
2. ディドロと絵画
(1) 近代人の限界 (2) 彫刻の空間性をめぐる批判 (3) ヘーゲル思想との比較
3. スタンダールから聖アウグスティヌスへ
(1) 「異教派」と聖性 (2) 見ることの罪と聖アウグスティヌス
小帰結

第七章 彫刻と想像力
1. ミケランジェロと《夜》
(1) 詩人ミケランジェロの受容 (2) 「理想」における官能 (3) 乳房の解釈
2. フシェールと同性愛者の群像
(1) フシェール (2) 私的な交流 (3) ボードレールの作品とフシェール
3. エミール・エベールと《そしていつも! そして決して!》
(1) 標題のわかりにくさ (2) 官能と死
4. クリストフの《人間喜劇》
(1) 彫刻家クリストフ (2) 《人間喜劇》の構想 (3) 《人間喜劇》の批評 (4) 「仮面」の二重性
小帰結

第二部の結論

第三部 『悪の花』読解
第三部の序論

第八章 初期作品(一八四三年頃)——自伝的な語り手
1. 一八四一年以前の作品
2. ボードレールと「ノルマンディー」派
(1) 「ノルマンディー」派とボードレール (2) 「優しい二人の姉妹」と欲望 (3) ル・ヴァヴァスールのソネとミルトン (4) 「アレゴリー」と彫刻のイメージ
3. 彫刻のイメージと女
小帰結

第九章 「冥府」(一八五一年)——青年たちの代弁者
1. 失望と芸術——「憂鬱」から「理想」
2. 死から希望へ——「猫たち」から「芸術家たちの死」と「恋人たちの死」
3. 不眠と諦め——「憎しみの樽」から「ミミズクたち」
小帰結

第十章 『フランス評論』発表詩群(一八五七年)——部分と全体
1. 「美」——詩人への呼びかけ
2. 「巨人の女」——巨大さと乳房
3. 「生きている松明」——眼
4. 「夕べのハーモニー」、「幸水壜」、「毒」——心、におい、唾、眼
5. 「全て」——分析から統合へ
6. 「無題(波打つ、真珠母色の服を身に纏って……)」——変化無限頌
7. 「無題(私が以上の詩をおまえに贈るのは……)」——エピローグ
小帰結

第十一章 『悪の花』初版(一八五七年)——青年が詩人になる物語
1. 「祝福」から「不運」——美の希求
(1) 「祝福」——聖なる詩人の誕生 (2) 「無題(私はこれら裸の時代の思い出を愛する……)」と「灯台」——現代の美を求めて (3) 「病んだミューズ」から「不運」——理想が失われた時代
2. 「美」と官能詩群——純愛の演出
(1) 「美」——美の現前 (2) 「理想」——詩人からの応答 (3) 「巨人の女」と「宝石」——官能へ (4) 「異国の香り」と「無題(私は、夜空と等しく、おまえを深く愛する……)」——夜の女
3. 「無題(おまえは全世界を閨房にいれかねない……)」以降——欲望と女の彫刻化
(1) 「無題(おまえは全世界を閨房にいれかねない……)」から「踊る蛇」まで——官能と美 (2) 「無題(私が以上の詩をおまえに贈るのは……)」——死別の暗示 (3) 「親しい語らい」と「我ト我身ヲ罰スル者」——恋の総括
4. 第二のセクション「悪の花」と「アレゴリー」
5. 最後のセクション「死」と「芸術家たちの死」
小帰結

第十二章 『悪の花』第二版(一八六一年)の「パリ情景」——遊歩者
1. 「パリ情景」の構造
2. 「通りすがりの女へ」——遊歩者と一目惚れ
3. 「死の舞踏」——舞踏会と死
4. 「嘘への愛」——隠された葛藤
小帰結

第三部の結論

論文全体の結論
あとがき
図版出典
参考文献一覧
ボードレール関連の事項索引
『悪の花』関連の詩の索引
人名索引