みすず書房

インターネットが時間・空間の距離を消し、歴史的記憶は危機にある。最先端の検索システムも利用しながら、人生で蓄積した経験や知識をもって歴史の空無化にあらがうにはどうしたらよいか。本書は現在必要となる文献学をさし示す論考集である。
解決済みの問題を読み替える。細部にこだわり新発見に至る。熟慮の末に「偶然」を働かせる。遠く離れた事例の比較。行為当事者の(イーミック)次元と観察者の(エティック)次元が対話する時。
たとえばテーマになるのは、異端裁判の魔女とシベリアのシャーマンの記録に表れる「霊となって旅する」同型性である。著者がびっくり仰天した現ローマ教皇の「神はカトリックではない」発言。アウシュヴィッツから生還後、他者の犯した悪行に恥ずかしさを感じ苦しみ続けたプリモ・レーヴィ。
歴史をつくってきたのは人間だから、時代と文化がいかに異なっていても、記録資料を解読し、解釈し、翻訳することは可能である。ヨーロッパでこの基礎を築いたのは17世紀ナポリ生まれの哲学者ヴィーコだった。人類学と歴史学の対話はここから出発した。
歴史の厚みを取り戻すことによって、世界は現在と別の、もっと豊かなものになる。その複雑さを知ることが、世界を変革することに役立つだろう。

目次

序言 日本の読者へ

I
第1章 霊となって旅する――フリウリからシベリアまで

II
第2章 目で見ることのできないテクスト、目で見ることのできるイメージ
第3章 微細な差異について――エクフラシスと鑑定
第4章 家族的類似性と系統樹――二つの認知メタファー
第5章 民族文献学――二つの事例研究
第6章 オライオンと会話する

III
第7章 恥のきずな
第8章 文字は殺す――「コリントの信徒たちへの手紙 二」三・六のいくつかの含意について
第9章 「神はカトリックではない」
第10章 モンテーニュの秘密

IV
第11章 デ・マルティーノ、ジェンティーレ、クローチェ――『呪術的世界』のある頁にかんして
第12章 『世界の終わり』に向かって
第13章 カルヴィーノ、マンゾーニ、灰色の地帯


付論 イーミックとエティック――距離をとることにかんするギンズブルグの省察  上村忠男
編訳者あとがき

原著書誌

Ethnophilology: Two Case-Studies;
Conversare con Orion;
The Letter Kills: On Some Implications of 2 Cor: 3.6;
«Non esiste un Dio cattolico»; Il segreto di Montaigne;
Genèses de «La Fin du monde» de De Martino
from La lettera uccide (Adelphi Edizioni, 2021)

Family Resemblances and Family Trees: Two Cognitive Metaphors (2004)
Invisible Texts, Visible Images (2010)
The Bond of Shame (2010)
De Martino, Gentile, Croce. Su una pagina de Il mondo magico (2014)
Calvino, Levi et la zone grise (2014)
Travelling in Spirit: From Friuli to Siberia (2016)
On Small Differences: Ekphrasis and Connoisseurship (2016)