みすず書房

思考は河のように、河口に到着すると、小川や淀みとなって拡散して消えていくが、その各々が流れの全体を縮約している。記憶、哲学、言語、芸術、時間などの主題が変奏、展開する、最近5年間に書かれたエッセイ25篇。
可能態の経験は不可能性の経験であり、この経験をする者にとってのみ、思考は可能になる(「アナーキー的な可能態」)。
さまよえる現象のさなかにあって認識しうるものこそが真なのだ(「さまよえる現象」)。
もし窮地に陥ったなら、抜け出させてくれるのは「何が」ではなく「どのように」であるだろう。副詞であって、名詞ではないだろう(「~するあいだに」)。
事実的現実にわたしたちを縛りつけておこうとする者たちには、〈ここには存在しない〉ことどもの明澄で決然としたヴィジョンを対置する必要がある(「アリバイ」)。
夕映えの河口のような思考の広がりの中で、人生の知が光を放つ。酩酊への最後の一手、著者の「晩年のスタイル」。

目次

閾
生きる、あるいは失われた時間について
アナーキー的な可能態――インスピレーションの理論のために
麦わらの村で
民話の哲学
数とは何か
永遠のスペキエースのもとで
さまよえる現象――真理と誤謬について
類似性の知覚について
願いをかなえることについて
カンティレーナについて
真の政治家――真剣なのか遊びなのか
ベニート・セレーノ――『ホモ・サケル』へのひとつの注記
技術と芸術について
言語活動と思考
フォルス(fors)――「~のように」の哲学のために
コンタギウム(contagium)――接触の哲学
プンクトゥム(punctum)
失念集のなかで――記憶と忘却
名前の思い出
表現と意味作用
毛髪と蜘蛛――崇高な喜劇的なものの理論のために
ウァクーナ、空虚の女王
酩酊への最後の一手
~するあいだに
アリバイ
閾

訳者あとがき
文献一覧
人名索引