みすず書房

中井久夫『「昭和」を送る』

2013.05.27

4年半ぶりのエッセイ集である。今までの7冊同様、臨床経験を描いたもの、神戸新聞の連載「清陰星雨」にみられるような時事的なもの、いじめや震災をテーマとしたもの、追悼記、身辺雑記など、どれをとっても読みごたえ・考えごたえがあるが、著者の文章の特徴は、対象に即して書きながらも、ふとした一文、一語に、著者が心底から伝えたいと思っているメッセージが隠されていることだ。だから、読み流すのではなく(それはそれで心地よい)、一字一句をゆっくりゆっくり味わってほしい。

さて、今までにない本書の特徴をあげるなら、やはり表題作となった「「昭和」を送る」だろう。これは1989年の昭和天皇逝去直後に書かれ、『文化会議』という雑誌に発表されたものである。同誌の入手がむつかしいことも手伝って、なかば「伝説化」されたまま、これまで単行本に収録されなかった。その理由の一端は本書所収の同文末尾にある「本書収録にあたってのノート」や「あとがき」をご覧いただきたい。

「「「昭和」を送る」という一文には、「皇太子機能」というものを抽出して、ひそかに現天皇夫妻の皇太子、皇太子妃としての活動を肯定しているところがある」、と「あとがき」で著者は言う。僕にもときどき「あの文章は皇太子(現天皇)を読者として念頭に置いて書いたんですよ」と語っていた。(ちなみに著者と現天皇は同学年。)

「「昭和」を送る」は、半ば天皇とシンクロした患者さん、父親と昭和天皇を同一化した患者さんの例にはじまり、米国人歴史家との架空対話のかたちで、日本の天皇制のあり方をめぐって縦横に論じられている。むろんその詳細はここには書けず、要約もできない。是非読んでいただきたいと思う。また本書の「あとがき」には、この問題と関連して、阪神・淡路大震災後について、今まで語らなかったことも語られている。

8月には、『統合失調症の有為転変』というタイトルで、著者の「半ば専門的エッセイ集」もつづいて出る予定です。ご期待ください。