みすず書房

野呂邦暢『兵士の報酬』

随筆コレクション 1 [全2巻]

2014.05.27

野呂邦暢『兵士の報酬 随筆コレクション 1』の表題作は、作家デビュー前の1962年、25歳のときに日本読書新聞〈読者の論文〉に入選した文章である。自衛隊体験を「ルポ」というスタイルで描き、芥川賞受賞作「草のつるぎ」の原型ともいえるこの作品を、選考にあたった杉浦明平は「群をぬいている」と高く評価した。
野呂文学に親しんだ方ならば、お読みになればすぐにわかるだろう。この時すでに文体が出来上がっている。強靭な骨格、無駄のない、引き締まった表現。野呂の文章は、よく鍛えられた、美しいからだをしている。

今回の〈随筆コレクション〉全2巻の特徴のひとつは、原則として発表順に並べていること。
また、野呂の没後から丹念に単行本未収録作を蒐集してきた浅尾節子氏の協力を得て、はじめて本に入る文章を多数収録していること。
第一巻にあたる『兵士の報酬』は、1962年から1977年のあいだに発表された小説以外の文章215編(うち単行本未収録作79編)をおさめた。

第一章は、1962‐72年の10年間、「兵士の報酬」「夕暮の緑の光」「K書房主人」「ボブ・ディラン!(第1集)」「葦のしげみの彼方に」「幸福の暈」「露字新聞ヴォーリャ」の7編である。数は少ない。
しかしこの7編を読めば、野呂邦暢はこの時すでに、作家としての姿勢、 立ち位置が固まりつつあり、さらに章を読み進めていただくと、やがてそれが揺るぎないものになり、死の時までつらぬかれたことを、感じていただけるのではないかと思う。

野呂にはずっと書きたかった、そしてついに完成させられなかった長編小説がある。
「原爆症の青年を主人公とした長編小説の執筆にとりかかっています。明治時代の末期、亡命ロシア人が発行した新聞について調べ歩いているルポライターをからませ、長崎を背景にして昭和四十年代の日本の縮図をじっくり描きたいと考えています」
(「長編にとりかかる」読売新聞西部版夕刊、1975年3月8日)
野呂ファンのあいだで、未完の大作として知られる「解纜(かいらん)の時」のことだが、記事で言及された「亡命ロシア人が発行した新聞」は、初期の随筆にある「露字新聞ヴォーリャ」(1972年)である。革命を志向する亡命ロシア人たちによって、明治時代、長崎で発行されていた。同紙に関する資料は乏しいというが、「明治の末年にわたしの街で編集印刷された露字新聞をあれこれと探索することで、どうやらわたしは子どものころ、決定的に失った故郷を私の中に復元しようとしているらしい」。

長い時間をかけて作家がどうしても書きたかったことは何だったのか。 随筆コレクションがそのことを知るためのひとつの手がかりになればと考えています。