
2017.06.09
五味文彦・書評エッセイ「室町時代の長年の謎に、卓抜な回答」
桜井英治『交換・権力・文化――ひとつの日本中世社会論』
『トレブリンカの地獄 ワシーリー・グロスマン前期作品集』 赤尾光春・中村唯史訳
2017.05.29
グロスマンは赤軍記者として独ソ戦中の大半を前線で過ごした。とりわけスターリングラード攻防戦を戦う兵士たちの姿や声に肉薄して伝える彼の記事は、ソ連全土で愛読された。
1944年8月、グロスマンは、赤軍がベルリンをめざして進軍する途上でナチのトレブリンカ絶滅収容所の解放に立ち会い、生存者や近隣住民から聞き込み調査を行って克明に報じた。この「トレブリンカの地獄」は、ホロコーストにかんする最初期の記事のひとつであり、証言としてニュルンベルク裁判にも提出された。
移送列車で収容所に到着したユダヤ人に対し、SSの分隊指揮官がシャワー室と偽ってガス室へと誘導する場面。
トレブリンカで最期の瞬間まで、人間の魂を保った人びとについて。
独ソ戦下のドン河流域で、赤軍の小部隊がドイツ軍に包囲された。
赤軍兵士らは炭鉱の地下70mの坑道に立てこもった。ドイツ軍は降伏させるために、集落の女たち数名と老坑夫ひとりを使者に立てる。降伏しない場合は、村の女子供全員を銃殺すると。
赤軍兵士たちは説得に応じない。女たちは地上に戻り、ドイツ軍は坑を爆破して撤退する。坑道は埋まり、わずか9人になった兵士たちは飢えに苦しみ、隊に残るすべてのパンとジャガイモを等分に分けた……。
ここで兵士たちは「わが国の人間は立派に死ぬことができる」と言って殉死するのかという流れであった。ところが突然、指揮官の大尉が言う。
「われわれは脱出する!」
彼らは暗闇と飢えのなかで、岩盤を除去し、ハーケンを打ち込み、上へ上へと上って、絶望的な状況から出口をめざした――。
グロスマンの作品には、人間の自由や優しさや善良さがくり返し現れる。
登場人物たちはたとえ非人間的なシステムや運命に押しつぶされるとも、最後の瞬間まで、内からか外からか、彼らに光の射す可能性が消えることがない。そういう存在として、グロスマンは人間を描く。
『人生と運命』(全三巻)『トレブリンカの地獄 ワシーリー・グロスマン前期作品集』『システィーナの聖母 ワシーリー・グロスマン後期作品集』、最後の作品『万物は流転する』――作品群をたどりつつ、一番感じたことであった。
2017.06.09
桜井英治『交換・権力・文化――ひとつの日本中世社会論』
2017.05.25
ウェンディ・ブラウン『いかにして民主主義は失われていくのか――新自由主義の見えざる攻撃』中井亜佐子訳