みすず書房

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エドゥアルド・ガレアーノ『火の記憶』

2 顔と仮面 [飯島みどり訳]

本書『火の記憶』の第1巻冒頭、「歴史の門口に立つ読者へ」で、著者エドゥアルド・ガレアーノはこう書いている。「ああどうか、『火の記憶』が歴史というものに生気を、自由を、ことばを、取り戻してやることができたなら……。数世紀の永きにわたってラテンアメリカが苦しんできたのは、何も金銀や硝石、ゴム、銅や石油の収奪のみにとどまらない――ラテンアメリカはその記憶をも剥ぎとられてきた。早くから、記憶はその存在を喜ばぬ者たちによって行く手をさえぎられ、記憶喪失を言い渡された。(…)わたしは歴史家ではない。だがものを書く人間として、アメリカ全土の、とりわけ、蔑まれた最愛の地ラテンアメリカの、かどわかされた記憶を救い出すために、力を尽くしたいと願う――彼女と言葉を交わし、秘密を分け合い、問うてみたいのだ。いったいどれほど彩り豊かな泥の溜まりから彼女は生まれ落ちたのか、いったいどんな愛の営みを、あるいは凌辱を背負って、この世にやって来たのか、と。」

大著『火の記憶』は全3巻から成る。第1巻「誕生」は、コロンブス到来以前のアメリカ大陸にこだまするインディオの創世神話集「始源の声」を枕に、1492年から1700年までを扱い、この第2巻「顔と仮面」では、1700年から1900年までの、主としてラテンアメリカ形成の歴史が語り起こされる。(第3巻は未刊。)各巻400を越える断片テクストの冒頭に、そこに語られる逸話の舞台となる年と地名を掲げ、末尾には著者の準拠した文献がしめされる。記憶を奪還しようとする著者の思いが伝わってくるだろう。
本巻の扱う18‐19世紀は、欧米ではアメリカ独立革命やフランス革命の精神が広まった時代、ウィーン会議以降のナショナリズム、「国民」が創り出され、植民地主義のうずまく時代であった。そのとき、南では日々、何が起こっていたのか。叛乱、独立、裏切り、共同体の構想… 表題「顔と仮面」の意味するところは?
有名無名の人々の足跡を縦横無尽にたどり直し、歴史を再構築した本書は、「世界史文学」と名づけてよいかもしれない。北半球、西欧中心の世界史像への異議申し立てにとどまらない、ラテンアメリカが生んだ最高の文学的創造のひとつである。
原著刊行は1982年、「コロンブス、アメリカ「発見」500年」で北半球がお祭り騒ぎをしていた10年前に、世におくられた。




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