みすず書房

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中井久夫『日時計の影』

第7エッセイ集

「あの時ほど私の頭が忙しくなった時期はその後ついに二度と訪れなかった。私が言いたいのは、河合先生との対話が触媒となって私の中に生まれたものが私にとって特別の力を持っていたということである。当時は未踏の領域と思われた回復(寛解)過程を縦断的に記述しつつあった私であったが、あの一時間ほどの対話がなければ、第一、私自身の確信度が大きく目減りしていたであろうし、翌年の芸術療法研究会にそれを発表しなかったかもしれない。私の仕事は、木枯らしの中での先生との何時間かに負うところが大きいのである」

「私が箱庭療法の講演を聞いて〈あっ〉と思ったのは、その自由さであって、私は一瞬にして有形無形の拘束衣から解き放たれた。それはコロンブスの卵であった。〈これだ!〉と思ったその時の解放感覚は40年近く経った今も体に蘇る」

1969年秋、チューリヒのユング研究所から帰国後まもなく行なわれた河合隼雄の箱庭療法をめぐる講演を聞きにいった著者は、その帰路、偶然にも河合と同道し、はじめて出会った二人は車中で先を争ってしゃべりつづける。著者の画期となった「風景構成法」誕生の瞬間であった。この出会いを中心に綴られた「河合隼雄先生の対談集に寄せて」は、同じく本書に収めた「東大分院神経科がある風景」ともども、精神科医・中井久夫が生まれる前後とその時代を伝えていて、とても貴重な証言になっている。

2006年9月刊行の『樹をみつめて』につづく、二年ぶり、7冊目のエッセイ集。「患者に告げること 患者に聞くこと」「老年期認知症への対応と生活支援」などのちょっと専門的な文章から、著者の10代のエピソードを描いた「敗戦直後の山岳部北アルプス行き」、「安倍政権発足に思う」などの時事的エッセイ、間奏曲として挿入したギリシャの詩人エリティスの翻訳「アルバニア戦線に倒れた少尉にささげる英雄詩」、そして自伝的書き下ろし「ヴァレリーと私」まで33篇。いままでのエッセイ集を読まれてきた方はむろん、近著『臨床瑣談』ではじめて著者の文章に接した方々も、多岐にわたる中井ワールドをご堪能ください。




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