みすず書房

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A・ピム『翻訳理論の探求』

武田珂代子訳

ラウトレッジ社の翻訳・通訳研究をテーマとした精選シリーズの中から、F・ポェヒハッカー『通訳学入門』J・マンデイ『翻訳学入門』に続く3冊目の邦訳版をお届けします。マンデイの『翻訳学入門』が、翻訳学の全体像を知り、研究の糸口の指針となる格好の入門書であるのに対し、本書は「翻訳とは何か」という根源的なテーマを探求した理論書です。著者の魅力的なプロフィールについて、訳者・武田珂代子さんが「あとがき」で巧みにまとめて下さっていますので、以下にその部分をご紹介します。

『翻訳理論の探求』はアンソニー・ピム著“Exploring Translation Theories”の日本語訳である。ピムはオーストラリア、パース出身。オーストラリアで比較文学を学んだ後、フランスに留学し、フランス国立高等社会学研究院より社会学で博士号を取得した。ハーバード大学、ゲッティンゲン大学などでも哲学、社会学、翻訳学を研究し、現在、スペイン、タラゴナのロビラ・イ・ビルジリ大学教授(翻訳通訳・異文化間研究博士課程プログラムの責任者)で、また、モントレー国際大学大学院(米国)の客員教授として、翻訳理論・研究・実践の指導にあたっている。世界中で講演や講義を行い研究者育成に精力的に取り組むピムは、カリスマ性と面倒見のよさで、多くの新進翻訳研究者にとって導師的存在と言ってもよいだろう。

ピムは、これまで英語およびフランス語で200以上の著書、編纂書、論文を発表してきており、翻訳理論・研究の分野で最も引用される学者の一人である。翻訳学における根源的テーマに対し鋭い問題提起をし続け、論文、書評、学会発表を通して、困難な課題に真っ向から挑戦し、「聖域」なき議論の口火を切ることも少なくない。本文中で、翻訳学の発展における最大の貢献者の一人、ギデオン・トゥーリーを「反逆児」扱いしているが(尊敬の念を込めて)、アンソニー・ピムは現在の翻訳学における「反逆児」だと訳者は見ている(もちろん、尊敬の念を込めて)。本書を通して、翻訳学の発展にかけるピムの情熱、また、彼の健全な批判精神を読者に感じていただければと思う。

ピムはまた、翻訳学の最先端を走り、社会学的アプローチや翻訳とテクノロジーの関係など、翻訳学の新境地を切り開いてきた。現在、ピムは「リスク管理」の概念を適用して、さまざまな翻訳事象を説明することに取り組んでいる。最近の講演によると、特に、機械翻訳とデータベースを利用するGoogle Translateやファン翻訳者がインターネット上で協働翻訳する「ファン翻訳」が翻訳実践に及ぼす影響、また、脱構築派が主張する「意味の不確定性」やポストコロニアルの枠組みでの「翻訳不在の翻訳論」への対応などを、翻訳学がこれから取り組むべき課題と見ているようだ。また、翻訳は異文化間コミュニケーションの一つとして捉えるべきで、その中で翻訳特有の事象は何かを研究すべきとも主張している。さらに、翻訳学の研究成果が限られたコミュニティー内のみでしか認識されていないことを問題視し、自分も「翻訳学村」から「グローバル村」に飛び出すべきだと語っている。今回の『翻訳理論の探求』の刊行によって、ピムの業績の一部が日本の読者に届き、彼の「グローバル村」入りの扉がひとつ開くことを願っている。
(「訳者あとがき」より)




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