みすず書房

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林もも子『思春期とアタッチメント』

「危険にさらされた人間が身を守るために特定の他者に接近する行動、そして接近された人間は相手を保護しようとする行動、そのいずれもが生得的反応として人間には備わっている」。

アタッチメント(愛着)理論の創始者ジョン・ボウルビィ(1907-90)は、英国児童精神分析の総本山ともいえるタビストック・クリニックで副所長まで務めながら、その存在は精神分析の世界では異端とも呼べるものであった。
ボウルビィが精神分析の世界に足を踏み入れた当時、英国精神分析学会ではメラニー・クライン、アンナ・フロイトという二大女性分析家によって、論争が繰り返されていた。その中にあって、彼は精神分析理論に比較行動学的な知見を用いることによって、「母性」と呼ばれているものの役割の意味を理論化しようと試みたのである。
のちに3部作の主著『母子関係の理論』(1969、1973、1980)として結実するボウルビィの試みは、生粋の精神分析家たちからは「まるで人間を動物のように扱っている」ようにも見え、英国精神分析学界では批判にさらされつづけた。

しかし、ボウルビィが「異端」とみなされていたからといって、その理論の当否が左右されるわけではない。『母子関係の理論』から四半世紀すぎた今日においても、アタッチメント理論は発達理論としていまだ古びたものではないし、近年では米国の精神分析家によってアタッチメント理論と精神分析理論を結びつけた心理面接が話題を呼び、近年日本にも紹介されている。
『思春期とアタッチメント』の著者・林もも子氏も『母子関係の理論』を徹底的に読みこむことから、アタッチメント理論の臨床への応用をスタートしている。著者は精神分析的治療を下地に持ちつつ、アタッチメントの測定、いわば患者の「頼る、保護を求める」という行為や対象にどういう傾向・特徴があるかを測る面接法のエキスパートである。
著者が本書で強調しているのは、あくまで「アタッチメント」という絆、そして信頼を切らずにつなげていくことであり、それが治療につながっていくことである。そこにはかつてボウルビィのさらされた批判などどこ吹く風とでもいうように、そのきわめて人間的な営みが読みとれる。

書き残されているところによれば、ボウルビィはその研究者としての実績とは裏腹に、心理療法家としての評価はいまひとつだったそうである。しかし、その理論が臨床実践によって強化されていくのはまだこれからなのかもしれない。




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