みすず書房

トピックス

佐々木幹郎『田舎の日曜日』

ツリーハウスという夢

「そのイメージは突如、やってきた。夏の終わり、山の斜面で遊んでいたユリカちゃんとモエちゃんが、焚き火をしているわたしのところに駆け降りてきて言ったのだった。〈シジン、山の上に木の椅子を作ってもいいですか?〉
少女たちは、遊びの領地をもっと広げたくてたまらなくなったようだ。木の枝を使って長椅子を作ると、斜面で遊んでいても休憩できるし、山の上からは白根の山々や田代湖を遠望できる。いいよ、と答えてから、ふと思いついて言った。〈作るのなら、ツリーハウスにしようよ〉
ツリーハウス。木の上にある隠れ家。トクさんは、少女たち以上にその話に乗った。ツリーハウスは少年時代からの夢だったと張り切り、それ以来、クリの大木を見上げては構想を練り出したのだ」

月刊「みすず」好評連載、「山小屋便り」第2弾をお届けします。前著『雨過ぎて雲破れるところ』の刊行から、はや3年。当時このホームページのトピックス欄で、こんな紹介をしたことがあります。
「最近、シニア世代では、都会に基盤を残しながら田舎暮らしをする人が増えつつあるようですが、著者・佐々木幹郎さんは、そんな生活を20年以上も前から続けてきました。仕事で多忙な際も身を引き離して山小屋にたどりつき、仲間や村人とともに遊びの空間づくりを日々実践してきたその蓄積ゆえに、長年樽に寝かされていたシングルモルトのような深い味わいが文章の端々に滲み出ています。自然のなかで自然とさまざまに、異なる技能をもった人々とともに交渉=交感することの喜び。読み進むにつれ、〈人間本来の感覚がうずうずする〉こと間違いありません」
本書『田舎の日曜日』もまさにそのとおりなのですが、草木染めとツリーハウスづくりというこれまでにない「遊び」の登場で、自然との「交渉=交感」の場はよりいっそう広がりを増したようです。

草木染めについては、都内で「緑のボランティア」を実践する女性が山小屋のメンバーに加わったことによります。月見草、枯れススキの茎、ヤマグリのイガ……草木の種類や部位、また同じ草木でも季節によって、さらには煮出しの水の種類、干して陽にあてる時間などによっても種々に異なる色合いが布地に染まります。「鍋奉行」を自認する詩人も煮出し作業に大わらわ。ばかりでなく自然が生み出す微妙な色彩、自然のなかで四季の色を二重に堪能することの喜びが綴られています。
一方のツリーハウスづくり。これまでも敷地内にセルフビルドで3棟を築きあげてきた山小屋メンバーですが、ひとつの棟の構想から「ほぼ完成」にいたるまでの全プロセスが、今回はじめてリアルタイムで実況される運びとなりました。メインキャストは詩人とトクさん。二人三脚、ナカザワさんを加えれば「三人四脚」の弥次喜多道中。自然と対話するなかで、試行錯誤を繰り返しつつ、ありうべきディテールが発見、創造されていきます。詩人のワールドワイドな建築見聞からもデザインのヒントは生まれます。またメンバーは、「野蛮ギャルド」建築家・藤森照信さんに案内されてツリーハウスの先達「高過庵」を見学、後にそこからいくつかのアイディアを「引用」するにいたります。その内容は……本書を開いてみてください(詩人がおりおりに撮影した写真も多数収録しています)。
もちろん、恒例のイベント群もさまざまな展開をみせています。ことに山小屋発信「詩と音楽」の勢いはすさまじい。前作で楽器を習い始めた少女たちの成長、のみならず地域文化、嬬恋コミューンの成長も本書はあざやかに記録。徐々にツリーハウスが立ち上がっていくなか、その合間合間に通り過ぎていく日常の時間が、わがことのように愛おしく感じられるエッセイ。ぜひご味読を!


〔撮影:佐々木幹郎〕



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