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文学と精神分析 かけがえのない書き手

追悼 J-B・ポンタリス

小社のロングセラー『精神分析用語辞典』をラプランシュ(昨年死去)と共に著した、J-B・ポンタリスが、去る1月15日に亡くなった。ちょうど89歳の誕生日のことである。左翼学生としてメルロ=ポンティ、サルトルに教わり、雑誌『レ・タン・モデルヌ』に執筆、のち編集に携わり、精神分析学者になったという経歴だけみれば、典型的な20世紀フランス知識人の一人に過ぎない。しかし、とりわけ晩年のエッセイや小説に親しんだ読者にとっては、まことに魅力ある人物だ。

前述の『辞典』以外に共著や論集の邦訳もあるが、数ある単著のうち翻訳が出ているのは『魅きつける力』(精神分析をめぐる短いエッセイ的論文集)と『彼女たち』(断章的エッセイ集)の二冊だけ、ともに小社刊である。『彼女たち』はポンタリスの人生に関わった女性たちとの性愛を「エレガントに」(丸谷才一評)率直に書いた本だった。

三月下旬にパリで開かれたブックフェア《Salon du Livre 2013》の会場、ポンタリスと縁の深かったガリマール社のブースには、生誕百年を迎えたカミュと同格でポンタリスの著作が並べられ、大きな追悼のボードが掲げられていた。写真の下には、「文学と精神分析の間に二律背反はない。小説家たちは精神分析家たちに先立って、人間感情を理解しようとしているだけである」という彼の言葉が引かれている。

おそらく最晩年まで元気だったポンタリスが昨年出した『AVANT』と題されたエッセイ集。タイトルは「むかし」というぐらいの意味である。その一節を引いて、かけがえのない書き手だったポンタリスを追悼したい。

《「むかしはよかった」とわれわれが言うとき、われわれは遠い子供時代、過ぎ去った青春、よく生きられるという幻想を抱いていた前の時代へのノスタルジーにとらわれている懐古主義者になのだろうか? 少なくともこの「むかし」とは時計やカレンダーの時間から逃れた外部の時間とでもいうべきものだろう。わたしは時間を「細分化」することを拒む。われわれは、わたしは、あらゆる時代を持っているのだ。》

(2013年4月)



《Salon du Livre 2013》会場にあったポンタリス追悼のボード


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