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2014.11.26トピックス

ハンス・ファラダ『ベルリンに一人死す』

赤根洋子訳

文学作品の運命というのはわからない。ハンス・ファラダはナチスから「望ましくない作家」に分類されながらもドイツに留まり、人気作家の地位を保ち続けた。作家の没した戦後も、ファラダの小説は東西ドイツで版を重ね、遺作となった『ベルリンに一人死す』は、テレビドラマ化され、西独では映画化もされて広く親しまれてきた。

ところがドイツ国外では長いあいだファラダの名は忘れ去られていた。日本では戦争中に白水社から「現代独逸国民文学」シリーズの一冊として『老教授ひとり旅』が石川敬三訳で、戦後は前川道介訳で『田園幻想譚』『あべこべの日』(ともにハヤカワ文庫)が出ただけなので、作家の全体像に関心がもたれなかったのもしかたないだろう。

さて、2002年にフランスのドゥノエル社が1960年代に他社から出ていた『ベルリンに一人死す』の翻訳に目をつけ、改訳版を出す。その2年後にはフォリオ文庫に入って読者を拡大した。それを見たニューヨークの出版社メルヴィルがマイケル・ホフマンによる英語訳を、原題に即した『Every Man Dies Alone』のタイトルで、ほぼ同時にイギリスではペンギンブックスが『Alone in Berlin』のタイトルで刊行してにわかに各国で話題の小説となった。ベストセラー化を受けてドイツでも、原出版社が2011年に「無削除完全版」を、それに基づく新版フランス語訳が2014年に出ている。

最近になって人気が出た理由は、作品にそなわった底力はもちろん、ホフマンの英訳が魅力的であることに加えて、ペンギン版のタイトルと本のデザインが素晴らしかったからではないか。gray318というデザイナーズ・スタジオはペンギンブックスの仕事が多い。そのなかでもこれは出色である。霧の中をブランデンブルク門に向って歩く男が後ろを振り向くしぐさがどこかミステリアスで、左に押された1940年の郵便スタンプも効果的。この後に出たドイツもフランスも、このデザインを真似た表紙に衣替えしている。

当初は日本語版も、これを踏襲しようかと思った。そこで写真の出所を当たったところ、なんと撮影されたのは東西ドイツ分裂後の1957年、そして人物がじつは三人写っていたのには驚いた。おそらくデザイナーがデジタル処理で右端の人物だけを残して二人を抹殺したにちがいない。二重の嘘である。なんとか真似たポーランド版など、加工処理をした「一人」バージョンと元のままの「三人」バージョンがあって微笑ましい。あれこれ考えて日本版はこのデザインを真似るのをやめて、戦前の実験的なドキュメンタリー映画『ベルリン・大都市交響楽』のワンカットを用いた。各国版よりダークな印象になったのも、この『ベルリンに一人死す』の内容にふさわしいと思う。

なんだ昔の小説か、などと通り過ぎないでいただきたい。生き生きとした日本語で読む『ベルリンに一人死す』は、高村薫の長編を読むような迫力で読者をとらえるだろう。なお、この長編はふたたび映画化される。監督はヴァンサン・ペレーズ、俳優はダニエル・ブリュール、エマ・トンプソン(アンナか?)、マーク・ライランス(オットーか?)。年明けから撮影に入り、再来年のカンヌ映画祭までに完成させたいとのこと。大いに楽しみである。


ペンギンブックス版 表紙


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