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2015.06.25トピックス

ペーター・ツムトア『空気感(アトモスフェア)』

鈴木仁子訳

2012年に刊行したペーター・ツムトアの邦訳一冊目『建築を考える』からこの二冊目の著書『空気感(アトモスフェア)』までの間に、ツムトアの手になる新しい建築ヴェルクラウム工芸会館(Werkraumhaus)がオーストリアのブレゲンツヴァルド(Bregenzewald)に完成した。

ドイツ語Werkraumは直訳すると、「仕事空間」「ワークスペース」。所在地のブレゲンツヴァルドは、ツムトアの作品をよく知る人ならピンとくるように、ブレゲンツ美術館からほど近い森林(wald)の地域。この建物は、伝統的手仕事から現代的なデザインまで多様なクラフトマンたちが集まり、交流するための施設だ。

ツムトアの建築には、ディテールの表情・素材感や仕上げの美しさの観点から職人の技術が不可欠だ。ブレゲンツ美術館(97年完成)の建設が始まった90年代から、この地域の職人たちとの交流が生まれ、ツムトア自身が積極的に関わって、伝統的な技術の展示・紹介や職人間の交流を促すプラットフォームとしての施設が実現した。
ツムトアと地元の職人たちが一緒になって計画を進めてゆく様子を、動画で見ることができる。
https://www.youtube.com/watch?v=CPTe4tC07nM
https://www.youtube.com/watch?v=Gv5oyE11mP0

日が沈んで間もない時刻、人々が集うこの建物の外観の写真を初めて見たとき、『建築を考える』でツムトアが「私の見映えをよくする」建築、といっていたことを思い出した。建物の光の下に集う人、ひとりひとりが炎をゆらめかす蝋燭のように可憐に輝いている。

かたや、実現しなかった建築もある。
ブレゲンツの近くにある小さな町isnyの企画として、町のシンボルとなる新しい塔の設計を依頼されていた。

2010年、ツムトアが発表したデザイン案は、ガラス製の量感のあるレンガを積み上げた二本の脚から成る塊。まるで地面からのび出てきた生命体のような外観。蛹の抜け殻を連想させる。上部の内側には、木製の大玉が収められ、下部の空間はちょっとしたホールになっている、というものだった。
ツムトアから住民たちに向けて説明会が開かれた。その様子も動画で見ることができる。ツムトアも住民もまなざしは真剣、でもどこか和気藹々とした雰囲気に包まれている。
http://isny.de/servlet/PB/menu/1312627_l1/index.html

ガラス素材を用いた、塔というにはあまりに詩的な佇まいのこの建物の姿は、地元の住民から「ガラスのズボン」とあだ名を付けられた。
住民からは反対の声がわき上がり、盛んに議論がなされたという。街角で反対を呼びかける人たち、地域の新聞紙上には、これからの町の担い手である若者たちこそこの建築をどう見るかと、意見を表わす場がもうけられた。そして2年余にわたる議論の末、住民投票が行われることになる。

結果は――反対72%で否決。ツムトアの作品が建つことで、町に来訪者が増え活性化につながることを期待していた企画者たちも断念せざるをえなかった。
https://www.youtube.com/watch?v=zAdEOgSL5zw

2年間のこのプロセスは、住民たちにとって、町のいまと将来について町をあげて考え議論する、悩ましくも楽しい、充実した経験であったようだ。この門をめぐるプロジェクトの記録は、町の資料としてまとめられ、保管・公開されている。
http://www.neuesstadttorisny.de/

本書『空気感(アトモスフェア)』はこのように始められる――「少なくとも私にとって、良質の建築とは、建築のガイドブックに出てくるようなものでもなければ、建築史に登場するとか、あちこちで取り上げられるとかいうものではない。建築の質とは、私にとっては、建物が心に触れるということ、それだけに尽きます」

建築とは、それが建てられるのは、本質的に建築家のためでも、企画者のためでもない。そこに住まい、その土地に暮らす人々が必要だからつくるのだ。その空間を使う人々の心になじまない建築をつくる意味を見つけることは、誰にもできない。ツムトアの建築に、沈着、重厚な雰囲気と同時に官能、繊細、あたたかみを感じるのは、その建物で過ごす人たちの気持ちや成長の姿に想いをめぐらせる時間が設計過程に織り込まれているからだろう。
長い時間をかけて、自身のイメージを実在化・顕在化させる方法を探ってきたツムトアが「自分は何を感じ、見ているのか?」を示そうとしたこの本には、実現しなかったガラス塔のような未完の美をとどめる図版が大事そうに収められている。


ツムトア『空気感(アトモスフェア)』鈴木仁子訳(みすず書房)カバー


[『空気感(アトモスフェア)』カバー]


[ツムトア『建築を考える』カバー]

[ツムトア『建築を考える』函(帯付)]


[ツムトア『建築を考える』特装版(クロス装)]


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