みすず書房

D・ビアリング『植物が出現し、気候を変えた』

西田佐知子訳

2015.02.12

「知のギャップ」を埋める

大河内直彦

現代の自然科学は、文字通り日進月歩である。毎週わんさか出版される論文にしっかり目を配っておかないと、あっという間に取り残されてしまう。研究者を取りまくこういう現実がある一方で、高等教育で教える内容と量は、私が知る限りそれほど増えてきたわけではない。この二つのことの論理的な帰結として、先端研究と大学や大学院で習得する科学の知識との間に「知のギャップ」とでも呼ぶべき知識の希薄な部分が、研究者個人の中に生じることになる。この「知のギャップ」は、近年多くの研究者に共通して見られるだけでなく、間違いなく世代とともに拡大の一途を辿っている。裏を返せば、研究者としてトレーニングされた「専門家」と呼ばれる人々は、少し異なる研究分野になるとまったくの無知といういわゆる「専門家」にならざるをえないことになる。個々の分野の最先端でしのぎを削っていると、周囲の研究分野などに注意を払っている暇はなかなか取れないわけだから、同じ研究者として理解できるし、責められるものでもない。

かつての大学の教養学部には、このような流れに楔を打ち込もうという姿勢が見られたように思う。学際性の重要さを主張し、学問が細分化される時代の流れに対抗しようとしたのである。しかし実は結ばなかった。世の趨勢に押し流され、結局、全国の大学から教養学部は姿を消していった。一昔前、社会科学において教養主義が没落していったように、自然科学でも同じことが周回遅れでやってきたのだ。今後、この状況がさらに進行すれば、研究(者)の世界とは、巨大なジクソーパズルのピースだけが散在する、道なき知のジャングルと化してしまうのだろうか。

この「知のギャップ」はすでに、深刻な問題を引き起こしつつある。たとえば最近はやりの研究および研究者の評価である。その道では一流といえども、少し異なった分野の研究を評価するための基礎的知見に欠けた研究者は多い。結局、論文の本数や被引用回数といった、テレビの視聴率や音楽のヒットチャートのような指標で他人の研究を評価せざるをえない憂うべき状況が必然的に生み出されている。最も高い視聴率を取る番組が最も優れた番組ではなく、ヒットチャートのトップが最もすばらしい音楽でないことは誰もが知っているというのに。

地球環境や気候変動に関する研究分野は、「知のギャップ」が蔓延する現状の悪影響をもろに蒙っている。こういったテーマが元来、学際的な知見を必要とするからだ。溶液化学に基礎をおいた海洋化学、流体力学を応用する大気物理学、生物の動態を知る生態学……多様な分野における個々の成果を単にバインドするだけでなく、そこに淀みなく一本の流れを作り出す知的作業が必要となる。知識が分散化・断片化したこの時代、この作業は年々難しくなっている。全体像を見渡せる専門家はほんの一握りしかいない。ほとんどの研究者は、向こう岸との間に横たわる恐ろしく深い「知のギャップ」を恐る恐る覗き込んでは、呆然と立ち尽くすしかないのである。

さて、このたび訳出されたデイヴィッド・ビアリング著『植物が出現し、気候を変えた』は、おべんちゃら抜きでこの「知のギャップ」を埋めて余りある一冊である。扱うトピックは、地球環境の歴史とともに歩んだ植物(主として陸上植物)のクロニクルはもちろんのこと、光合成経路の発見の経緯、オゾン層の破壊、南極探検、メタンハイドレート、エアロゾルなど多岐にわたる。ラヴォアジェ、レイリー卿はともかく、ゲーテやジョルジュ・サンドまで登場する。この星の特異な環境を生み出し、私たち人類を含め何千万種もの動物の命を支えてきた植物の歩みを語るためには、文学にまで通じていなければならないのである!

この本はまた、著者の個人的な想いが多分に詰まった読み物でもある。一般に、客観的な知識の伝達は退屈な読み物になりがちで、著者の自然観を前面に押し出したもののほうが、一般の読み手には受けがいいものだ。しかしこの事実は、科学者が科学書を著す際に大きなジレンマを生む。科学者が脳裏に描く冒険心に満ちた「絵巻物」を文章にまとめることが、客観的な事実を最も重視する科学者のあるべき姿とうまくフィットしないからである。しかしそのジレンマを乗り越えれば、そこには大いなる御馳走が待ち受けていることをこの本は証明している。

研究者が教育を受ける時間は限られたままとはいえ、知の先端はお構いなしにどんどん進んでいく。しかし目利きのいない研究の世界など、指揮者のいないオーケストラ、いかりや長介のいないドリフターズ(古いか)に等しい。本物とそっくりの姿形をした偽物もはびこりやすくなる。科学者は社会の科学リテラシーの向上にも時間を割かねばならない。一人何役もこなさねばならない研究者にとって、殻に閉じこもって玉を磨く時間は短くなる一方だ。自然科学の目利きによって著された本書は、成果と魅力の両面を余すことなく伝え、多くの研究者に代わってそういう役割を担ってくれるはずである。

(おおこうち・なおひこ 海洋研究開発機構 分野長)
copyright Ohkouchi Naohiko 2015

(このエッセイは、出版情報紙『パブリッシャーズ・レビュー みすず書房の本棚』2014年12月15日号一面のためにご寄稿いただきました。著者のご同意を得てここに転載しています)