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2017.10.29トピックス

小林英樹『先駆者ゴッホ』より、抜粋してご紹介

小林英樹『先駆者ゴッホ――印象派を超えて現代へ』[11月1日刊]

ゴッホはけっして独学の特異なアウトサイダーなのではなく、レオナルドやフェルメールにも匹敵する、西洋絵画史の正統的な画家である——
近現代美術の結節点に屹立するゴッホを、画家ならではの視点で論じ尽くす。新刊・小林英樹『先駆者ゴッホ』より、抜粋してご紹介いたします。

小林英樹『先駆者ゴッホ』
「第三章 次にやらなければならないこと」より

この絵に描かれた構造の脆弱な建物は自重にすら耐えられるのか心配だ。屋根も窓枠も何もかもが歪んだ建物は、地球の引力によっていずれは崩壊してしまう。ゴッホは、そんなことは百も承知でこのように描いたのだ。(…)
ドローイングにしてもペインティングにしても、普通、筆で描くときは、長短さまざまなタッチでものの輪郭や面を描き進める。そのときの腕を動かす感覚や筆を握りしめる感触、パレット上の絵具を筆先で取り、キャンヴァスから筆が跳ね返される感触を感じながらキャンヴァス上で描く作業をする。そういった動きをしながら身体と脳はたえず地球の引力を感じつづけている。画家にとって、建物が立っていることと自分が地球上で存在していることとは感覚的に等しいのだ。
そこにたどり着くまでの枚数こそ少ないが、ゴッホは初体験の点描を進めていくうちに、絵は二次元空間の表現である、三次元空間であれば当然受けるはずの地球の引力の影響を、そこでは気にしなくてもよいという確信が生まれてきたのである。描かれたものは地面に立たずともキャンヴァス上に載せてやればよい、キャンヴァスに委ねてしまえばよいという実感を得る。

小林英樹『先駆者ゴッホ』
「第四章 浮世絵との出会い」より

あえてタッチを長い直線にし、丸みを出さないための方法論とし、平らに、平らにと自分に言い聞かせながら描き進めていく。ぼんやり描けば太腿の上の面が出てしまう。スカート部分では軽々しい表現にならないように、奥行きを否定するさまざまな動きを作り出すタッチが交錯し凄まじい痕跡を残している。
多少苦戦したぶん、フォルムに重厚さが生まれ、人体のシルエットも、バックも椅子も、椅子と人体が作り出す余白も、浮世絵のように美しい。この空間の平面性を強調するために画面上と右に入れられた縁取りも決まっている。
どっしりとした存在感を出すために強調された表現が生み出した多少の武骨さが、他に類例のない独特の美を生み出した。ここに、丸みや立体感がなくても強い存在感が出せることを証明した作品が誕生した。浮世絵的平面性を維持し、なおかつどっしりとした存在感がある。アルルに出発直前、この《カーネーションを持つ女性》で新たな展望の兆しが見えた。

小林英樹『先駆者ゴッホ』
「第六章 太陽の謳歌」より

向日葵の花が陽光を浴び大気のなかで揺れ動く感じがほしい。《一二輪の向日葵》では、ものも余白も、内側のかたちも外側のかたちも美しく噛み合い見事な造形を作り上げているが、あえて注文を付けるなら、動きが硬い。大気のなかでそよ風に吹かれて大きな向日葵の花や種子がゆっくり揺れ動く感じがほしい。
ロンドン・ナショナル・ギャラリーで実物の前に立つとその感じがいっそうよくわかる。それぞれの花が微妙に揺れ動いているように見えるのである。いまは展示場所も変わり、小さい展示空間になってしまったが、以前は後ろに下がれる大きな展示室であったため近づいたり離れたりすることによってその感じがさらによくわかった。
画面全体が黄色一色で描かれた作品。基本はグレーの周辺に広がる豊かな黄色のバリエーションであるが、ここまで同系の色でまとめ上げたゴッホの作品はほかにない。しかも、それが自然な空間に思え、黄色い世界に感じられないから不思議である。まさにゴッホが太陽の照りつける向日葵畑で見上げたときのあの感動を凝縮できた会心の作である。

小林英樹『先駆者ゴッホ』
「第七章 《寝室》まで」より

逆光の縦長の狭い室内、家具などの陰影をいっさい省略し、単純な色面で画面を構成している。二本の道路が一二〇度に交差する角に黄色い家は建っているため、正面の壁と左右の壁が作る角度が、向かって左が一二〇度、右が六〇度のカッターの刃の先端のようになっている。一点透視図法を採用しているので、縦長の空間のかたちもよく出ていて、陰影がないことと明るい中間色を使って平面を埋め尽くしていることが加わり、見た感じはそれほど窮屈な空間には感じられない。(…)
正面の窓から逆光が入る室内は、奥から窓のほうを見れば真っ暗に見える。細長い部屋の奥にイーゼルを立て、その暗い室内から陰影を奪う。視覚的な印象、見た目とはまったく違う色彩による構成が、もうひとつ別のゴッホの寝室を創り出す。自然に頼らず、自然に任せず、画家自らが納得いく色彩によって自然と等価かそれ以上のものを創るのである。それが、ゴッホが求めつづけてきた平面の世界である。陰影や丸みを無視した浮世絵の単純化された色面が作り出す平面世界、透視図法に数学的奥行は託すが、意識して三次元的空間の再現は求めない。

小林英樹『先駆者ゴッホ』
「第一〇章 サン・レミの夏まで」より

注目すべきは、木々の幹の間から覗く若草色の草むらのかたちの空間的広がりと自然な奥行き感である。余白として描き出されたこの草むらには作品の鍵を握る要素がある。同じ要素は鮮やかなコバルトの空のシルエットにも見られる。描き出された空の面積は小さいが、草むらと同様にこの絵の背後全体に広がっている。その上に草や樹木の色面を幾重にも重ねることによってゴッホは作品に厚みを与えている。また、画面中央の地面の二本の小道やベンチと中央の草むらについては双方向から攻めていくことによってかたちを決めている。重なる樹木の層、背後に広がる草むら、さらには空と、《施設の建物と庭》は幾重にも重なる層によって作品が成立している。ゴッホの新しい試みといえる。(…)
制作手順は、下描きのアウトラインに沿って、正面の建物の色、中央の草むらや地面、あるいは木々など固有色を順次塗り込んでいく。次は、ペンの素描のように、プルシャンブルーで木の幹や建物の外形などの輪郭線、草むらや木々の枝葉のようにフォルムを描き出すタッチを入れていく。
プルシャンブルーは濃い色であるうえに粒子が細かい顔料なので、短時間で一気に描く場合、先においてしまうと他の色を汚す原因になってしまう。絵にプルシャンブルーが混ざって汚れてしまったところがないことから、予定の手順どおり作業が進んで完成したことがわかる。下に置いた明るい色彩の状態を確認すると、プルシャンブルーのタッチにかかる。それは、決めにいくフィニッシュの一筆、一筆なのである。

小林英樹『先駆者ゴッホ』
「第一六章 旅立ち」より

目の前の実際の空間の奥行きや立体感を無視し、家の前の畑も絶壁のように人がそこに立っていられないほど強引に垂直方向に落下させているように見える。平面に徹することで迫力ある心理的空間を描き出しているが、やはり、急な斜面を落下する表現がどうしても気になる。大きく傾き、地面に突き刺ささりそうな家、とくに、太い輪郭線で描かれた屋根は激しく波打ち、ゴッホの心の状態を表現している自画像ともいえる。このまま崩壊しそうな漠然とした危機感が、目の前に出現した農家を見たときに自分自身と重なり、絵のイメージが即座に決まった。
荒々しいタッチではあるが、端的な表現だからこそ生み出される凄まじい世界がある。一気に描いた灰色の空にオーヴェルカラーともいうべき白と、白が混色された緑系の中間色が画面を覆い、描くべきものは瞬く間にすべて描ききって筆を置いた。しかし、表現として感情的な要素はきれいに昇華されていて、淀みなく、迫力がある。

「ゴッホ展」 巡回中

東京都美術館で10月24日(火)から1月8日(月・祝)まで開催

「ゴッホ展――巡りゆく日本の夢」巡回中です。北海道立近代美術館につづいて、東京・上野の東京都美術館で2018年1月8日(月・祝)まで開催中。のち京都国立美術館で1月20日(土)から3月4日(日)まで開催予定です。




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