2018.10.26
「パクス・アメリカーナ」時代の「終わりの始まり」
寺西俊一・石田信隆・山下英俊編著
『農家が消える――自然資源経済論からの提言』
「書かずにはいられない」 満員御礼!
2018.10.24
坂口恭平『建設現場』刊行を記念して、10月20日の夕方からイベント「書かずにはいられない」が行われた。青山ブックセンター本店に着き、控え室で彼の顔を見たときはまず安堵。というのも坂口さん、今月上旬にヨーロッパの取材から帰国、旅の疲れからかウツになり10日ほど音沙汰無しで、数日前には発熱で寝込んだり、きつそうだったからだ。体調万全でなくて、と済まながるので、「熊本から飛んできてくれただけで十分ですよ」と声をかけたものの、大丈夫かいなという懸念は消えなかった。
会場BGMの音量が絞られて、自ら手編みの真っ赤なセーターを着た坂口さんが登壇した。ほぼ100人の満席状態。それを後ろから見渡せば、みなさんABCのビニール袋入りの『建設現場』を手にしている。会場で購入の方限定なので当然なのだが、編集担当した本をこんなに大勢が持っているのを目の当たりにするのは初めての経験である。
「いまちょっとローなので…以前にトークを聞いてくれた人は別人かと思うかもしれませんが、自分でも〈あの方は〉って感じてるみたいです…」と語り始める。やっとのことでワンテーマを語り終えると、困ったように恥ずかしそうに笑う。作品を書き出すのはだいたい落ち込んでいるときで、苦しい、苦しい、苦しすぎて死にそうだというところから書き起こす。そして日毎の枚数を決めて書き進める。「でも自分から出て来る、自分が作り出す…というのではなく、見えているというか、降って来るなんて言うとアレみたいだけれど…」トークのお題に沿ってボチボチ話そうとするが、頭が働かずあまり言葉が出てこない、と言って苦笑いする。「…じゃ、歌にしましょうか」
最初の曲は「霧」。ギターを弾きながら、ややハスキーな中音でていねいに歌う。歌い終えると参加者から温かい拍手。それに力を得て、また語りだす。「この本について説明しようとすればするほど…遠のく感じがして…自分でもよくわからないんです。書いてみました、だから読んでみてください」。というわけで『建設現場』の冒頭を声にして読み始める。「もう崩壊しそうになっていて、崩壊が進んでいる。体が叫んでいる。体は一人で勝手に叫んでいて、こちらを向いても知らん顔をした。……」
なるほど『建設現場』は、声に発し耳でとらえると生き生きとしてくる本だ。初校に赤字を入れるときも坂口さんは大声で読みながら推敲していたそうである。「音読にも黙読にも耐えられる本にしたい」とつぶやいたこともあった。医学書院の編集者白石さんは、手にした『建設現場』について、これはもう完全な音読本だとして、「文字を眺めているだけと視線が滑っていくが、何らかの形で文を体に通すと、飛び出す絵本みたいにびよよんと描写が立ち上がる」と、さすがのツイートをしてくれた。本作りの過程で何度も読み返した文が、坂口さんのヴァイブがある肉声により、まさに「立ち上が」った瞬間だった。
この朗読をきっかけに会場の空気が親密さを帯びてくる。秘めやかな時間が流れ、やがて坂口さんはアルバム『アポロン』のラストナンバー「月の歌」を歌い始めた。童謡か子守唄のようなメロディが空間を満たして行き、やがてふっと言葉が頭に入ってくる。「♫ 茂みの向こうの光る動物が……」おや、『建設現場』にもこんな動物が登場するぞと連想してしまう。
♫ 橙色に光る電灯が
昔の時間を燃やしてる
無数のたましい呼んでいる
ああ、あそこだ。『建設現場』の断章21の終わりのところに出て来る一節が思い浮かぶ。「落ち着いた橙色の電灯がついた。前を行く夫婦の隙間から通りの先が見えた。石造りの巨大な建物が立っていた。人々はみなそこへ向かっていた。」散文の場合はあるシーン(場面=景色)を作りだす。歌の場合はもっと直にやってくる。しかし心の中での灯り方はどちらも同じようだ。『建設現場』はどこを開いてもこんなイメージが出てくる長編だとあらためて思う。
1時間ほど経って質問タイムに移った。「みんな、何でも聞いて。助けると思って力を貸してね」という坂口さんに応じて、手が上がる、手が上がる。質疑応答というより、一人一人と会話をしているようだ。「なぜこの本がみすず書房から出たんですか」という質問の時は、当方がちょっと緊張したが、裏事情なんて何もないわけで、坂口さんも正直に答えていた。執筆しているとき脇にあって助けられた『ミシェル・レリス日記』のあとがきで名前を知った未知の編集者に読んでもらって出ることになった。その通りである。
坂口さんは今宵のためにアクリル画を一点持参していた。イベントの終わりに「あ、忘れてた」とその絵を出して「来てくれてどうもありがとう。お礼に、え~っと。整理番号68番の人」。手を挙げた人が、思わぬプレゼントを受け取った。いい会になってよかった、よかった。それもまた「月の歌」からのフレーズのような気分だった。
♫ 今宵はすべてを祝いましょう
静かな夜の帰り道
(坂口さん、ABC書店の方々、そしてなにより購入参加してくださった皆様に感謝いたします。坂口恭平『アポロン』は聞けば聞くほど沁みるアルバムで、寺尾紗穂さんのピアノとボーカルの効き具合も絶妙。『家の中で迷子』(新潮社)と『建設現場』(みすず書房)をぜひ書店で手にとって下さい。12月には『COOK』(晶文社)が刊行予定です。編集部・尾方)
2018.10.26
寺西俊一・石田信隆・山下英俊編著
『農家が消える――自然資源経済論からの提言』
2018.10.15
チャールズ・アフロン/ミレッラ・J・アフロン『メトロポリタン歌劇場――歴史と政治がつくるグランドオペラ』佐藤宏子訳