みすず書房

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アラン『小さな哲学史』

橋本由美子訳

この本の原書のタイトルは『盲人のための哲学概論』。1943年に、パリの P.アルトマンから刊行されたものだが、もともと、これに先立つ1918年8月に点字出版されたのが始めだ。
その経緯はよくわかっていない。ともあれ本書は、その原タイトルからあるいは想像されるような、「視覚に障害を持つ人びとが耳で聴く哲学史」あるいは「それぞれの哲学者の思想に〈視覚〉というテーマを求めたもの」ではない。

扱われている哲学者は、古代ギリシャから、突然飛んで、17世紀のデカルト、スピノザ、ライプニッツ。ついで18世紀のヒューム、カント。さいごに本全体の2分の1を費やして19世紀のオーギュスト・コントで締めくくられる。

エッセイ風の、耳からすんなり入って理解へみちびくようなものを意識して書かれたものではないが、ひとつひとつの章がごく短く、ひとりの哲学者からひとつの哲学のエッセンスを漉しとろうとするかのようなアランの筆致に、彼の『プロポ』を連想する人も少なくはないだろう。

いまから90年前、第一次大戦が終結しようとする1918年を「現在」として生きたアランは、その「現在」から遠く古代にまでさかのぼり、人間の知性と精神がつくりあげた宝をいまいちど見わたし、読者のかぎられる点字の出版物として、この書をまず世に送った。本書の構成が、一見、きわめてアンバランスな印象を読者にあたえながらも、全体をとおしてみると、とりわけオーギュスト・コントの読解にみられるように、知性の混迷に陥る現代人にたいする警告に収斂されてゆくように思えることの理由は、もしかすると、このあたりに隠されているのかもしれない。




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