みすず書房

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『ゾリ』

コラム・マッキャン 栩木伸明訳 [9月22日刊]

伝説の「ジプシー詩人」の物語

かつて「パプーシャ」と呼ばれたジプシーの女性詩人がいました。天賦の詩の才能が、戦後のポーランドで脚光を浴びるものの、当局のロマ/ジプシー定住化政策に利用されてしまい、自らの共同体から追放されて、孤独のうちに世を去ります。イザベル・フォンセーカの名著『立ったまま埋めてくれ――ジプシーの旅と暮らし』に登場する、このパプーシャの実話に強くうたれたアイルランド人の新鋭作家コラム・マッキャンが、舞台をスロヴァキアに移し、全く新しい物語をつくりあげました。それが今月刊行の長編小説『ゾリ』。
幕開けは現代のスロヴァキア。新聞記者がゾリの消息を求めて、あるジプシー集落を訪れる場面から物語がはじまります。ゾリとは、戦後のブラチスラヴァで二冊の詩集を残し、表舞台から去った伝説のジプシー詩人。彼女はなぜ、とつぜん姿を消さなくてはならなかったのか? 1930年代のスロヴァキアから戦後の東欧、現代のパリへと舞台を移しながら、いきいきと語り上げられるゾリの人生は、激動の東西ヨーロッパ史を生きたひとりの女の物語であり、語られることの少ないロマ/ジプシーの物語でもあります。
世界20カ国で刊行された話題作を、ゾリとその仲間たちが奏でる歌が行間から溢れだすような、ビビッドな翻訳でお届けします。

『カロカイン』と『彼女たち』――あと二冊、今月注目の文芸書

このほかにも9月の新刊ラインナップには、注目の文芸書が二冊。いずれもひと足早く9月10日の刊行です。

スウェーデンの国民的詩人、カリン・ボイエ(1900-1941)による異色の長編小説『カロカイン――国家と密告の自白剤』。物語の舞台は、職場も家庭もすべて国家の統制のもとにおかれ、相互監視のシステムが張りめぐらされた近未来の全体主義国家。ひとりの科学者が、統制をさらに完璧なものにするため、心の秘密を暴く薬「カロカイン」を発明するのですが、事態は思わぬ方向へ――。ファシズムが欧州を席巻しつつあった1940年に発表されるや大きな評判をよび、本国はもちろん、欧米でいまなお読み継がれている名作です。  折しも日本では星新一作品が次々と復刊、伝説のSF作家広瀬正が再び注目を浴びるなど、静かなSFブームが到来しています。元祖SFともいえる『カロカイン』の本邦初訳は、まさに時を得たもの。詩人の手になる精緻な物語世界に、SFファンならずとも引き込まれることでしょう。

そしてもう一冊。フランスの精神分析学者ポンタリスによる美しい散文集『彼女たち――性愛の歓びと苦しみ』。これまで彼が出会った、現実の、あるいは架空の「忘れえぬ女たち」をめぐる39編のエッセイ。なかでも「未知の女への追悼」は、人たるもの、涙なしには読めない一文です。ここでいう「未知の女」とは、じつはすべての人に最も身近なあの人のこと。ぜひ本文をお読みくださいますよう。フランスのベストセラー、待望の翻訳刊行です。




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