みすず書房

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新妻昭夫『進化論の時代』

ウォーレス=ダーウィン往復書簡

自然選択説連名発表の前からダーウィンの他界まで四半世紀。二人は約150通の手紙を通して、互いの進化理論の完成のために真摯な議論をつづけた。それは、歴史を振り返ってみれば、その直後に到来する遺伝学の時代に先立つ、「進化論の時代」だった――

カバーを飾る絵は、マダガスカル島のランの一種アングレーカム属と、その蜜を吸うガ。ウォーレスの論文「法則による創造」(1867年)に添えられたイラストだ。

アーガイル公と『ノース・ブリティッシュ』誌の書評者に対する返答として書いた「法則による創造」についての論文は、『クォータリー・ジャーナル・オブ・サイエンス』誌の今月号に掲載されています。別刷りを作ってもらえなかったので、お送りしていません。
マダガスカルの予言されたガとアングレーカム・セスキペダレのきれいなイラストが載っています。
(ウォーレスからダーウィンへ、1867年10月1日〔書簡7-2〕)
私がとくに注目してもらいたいと思っていたまさにその点を、あなたは論じています。〔アーガイル〕公爵から攻撃されたアングレーカムを取り上げたあなたの勇気に、私は感心しました。この例の原理は、きっと広く応用できると思うからです。図は私の好みですが、絵描きさんがスズメガをもうすこし上手に描いてくれたらよかったですね。
〔……〕
あなたが公にアングレーカムとガを特殊創造で創造させたことで、彼にとって形勢がどれほど見事に逆転したか、いい忘れていました。
(ダーウィンからウォーレスへ、1867年10月12・13日〔書簡7-3〕)

この手紙が収められている第7章のタイトルは「法則による創造」。章の冒頭の解説にこうある。「ダーウィンは『英国産および外国産ラン類の昆虫による受粉』(初版、1862年)で、さまざまな種類のランが昆虫によって受粉される「工夫(仕組み)」を検討し、アングレーカムの異様に長い距に対応する長さの口吻をもつ昆虫がいるはずだと示唆していた。アーガイル公はそれに噛みつき、そんなことが自然に起こる可能性はなく、そこに造物主の知恵を見るべきだと主張した。
ウォーレスはアーガイル公の『法則の支配』の書評「法則による創造」のなかで、ダーウィンの自然選択説によるラン類と昆虫類の相互適応の説明を詳細かつ明快に解説し、アングレーカムの長い距の奥の蜜を吸うことのできる口吻をもつガの存在を「予言」した(彼はスズメガの一種だろうと推測した)。ウォーレスがダーウィンへの手紙(7-2)で、「予言されたガ」と呼んでいるのはこのような理由からである。
この「予言されたガ」が、じつに36年後、世紀のあらたまった1903年に発見された」

時は過ぎて第13章のタイトルは「「趣味の植物研究」と『動物の地理的分布』」。冒頭解説に「〔……〕ダーウィンとウォーレスのあいだでの手紙のやり取りが急速に減少するのは、じつはこの手紙の前後からだといえそうだ。議論が対立したりすれちがったりというよりは、むしろ共通の話題がなくなったというべきだろう。ただし、動物の地理的分布については別だった。〔……〕ダーウィンが体系的な著作を書かないことに不満を感じていたウォーレスが、自分の得意分野でダーウィンの代理人として体系的な著作を書いたのだと理解していいだろう。おそらくダーウィンもまた、ウォーレスが書いてくれることを期待していたと考えられる」

私はいま、きわめて退屈な組み版や校正刷りに埋もれています。どうしても書きこまざるをえなかった膨大な名前や統計数字のせいですが、そのために動物学の専門家以外には、耐えられないほど退屈な本になってしまうのではと恐れています。
(ウォーレスからダーウィンへ、1875年11月7日〔書簡13-4〕)
セイランの頭に装飾がないことについてはお見事です。指摘されてみれば、なんと簡単なことなのでしょう!
追伸――あなたが性選択を放棄したこと、とても残念です。私はすこしも動揺していないし、真のブリトン人らしく自説を固守します。頭に飾りのないセイランのことを考えると、叫んでしまいそうです。ブルータス、お前もか!
(ダーウィンからウォーレスへ、1876年6月17日〔書簡13-7〕)

1997年毎日出版文化賞を受賞した『種の起原をもとめて』(朝日新聞社)の続編として、その執筆中から構想されてきた新妻昭夫のウォーレス研究の、集大成といっていいだろう。「この二冊で私のウォーレス研究は一応の区切りとなる」「自分をウォーレスと比較するのはおこがましいが、前作と本書との関係は、ウォーレスの『マレー諸島』と『動物の地理的分布』との関係に対応するといっていいのかもしれない」(あとがき)




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