みすず書房

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李清俊『あなたたちの天国』

姜信子訳 [19日刊]

小説の舞台となった小鹿島(ソロクト)は、全羅南道南西部に実在する。この長編小説は実話に基づくゆえ、地理も事件もきわめて具体的である。
主人公、島の病院の趙白憲(チョ・ベクホン)院長は、海を堰き止めて330万坪の農地をつくるという大事業に着手するまえに、サッカーチームを結成した。ボールを蹴ることのできるまでに回復したハンセン病の元患者たちによるカトリックとプロテスタントの選抜チームをつくり、試合を重ねるうちに、島はサッカー熱に浮かされていく。そして地区大会に出場するや連戦連勝、優勝する。
現地の新聞は、こんなふうに試合を報じたという。

(趙昌源・画)

──それはまことに奇妙なサッカーの試合だった。選手たちは、ボールの扱いがまことに拙かった。チームワークもまとまっていなかった。数名ずつ絡み合うようにしてボールを追いかけて走る。そのうちボールは奪われて、自陣が攻撃されているというのに、遠征チームの選手たちは相も変わらずひとかたまりのまま、ただむやみに走りつづけて、つまらぬ反則を犯したりもする。選手たちの多くはボールを力強く蹴ったそのあとには、足の痛みでその場に倒れこんだ。……
ただひとり、軍服を着たひとりの高級将校(趙白憲院長)がラインの外側をぐるぐると歩き回って、ほとんど悪態にも聞こえる応援を繰り広げた。軍医官大領であるこの将校は疲れを知らなかった。チームが追い込まれると、拳銃を抜いて、しっかりしろと脅迫までするのである。
──おい、同じ人間なんだぞ、同じサッカー選手なんだぞ、違いなどなんにもないと言ってるんだよ!

その日、選手たちは指のない手をかたどったチーム旗を掲げた船で島に凱旋した。船着場には松葉で飾り立てた慶祝門がつくられ、万国旗が風にはためいていた。待ち受ける大群衆と選手たちは声をかぎりに「小鹿島の歌」を歌った。

めぐりめぐる歳月を闘いながら
いまや暗黒の黒雲は吹き払われ……

小鹿島史上もっとも喜びあふれる祝祭の日になった。
ところが翌朝からサッカーの余熱をもって始まる「楽園建設」には、悪夢と挫折がつづくのである……

今年は韓国併合から百年。日韓の歴史の交点となった島の物語を力強い翻訳でおくります。
日本の隔離の島・長島愛生園で七十年余を生きた人の胸うつ証言、近藤宏一『闇を光に──ハンセン病を生きて』と併せてお読みください。




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