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本城秀次『乳幼児精神医学入門』

1940年代から児童精神医学がすでに一般に認知され、子どもの精神医療において専門医制度を設ける欧米に比して、わが国の子どもの精神医学分野は大きく遅れをとってきた。
本書は2008年に名古屋大学で誕生した乳幼児・児童専門の精神科「親と子どもの診療科」設立に携わってきた著者による、本邦初の乳幼児精神医学についてのモノグラフである。

今日の発達理論はフロイトが精神分析理論によって示したものと大きく様変わりしている。その変化の起点となったのは、やはり英国の精神科医J・ボウルビィの功績であろう。ボウルビィがその主著『母子関係の理論』で示した「アタッチメント理論」によれば、出生後1年以内の早期に、乳児は特定の母性的人物と強い結びつきを形成し、その人物に対して特有の行動をとるようになる。「愛着」と呼ばれるものである。
ボウルビィの理論でとくに注目すべきは、「母性的人物」との結びつきを強調している点にある。ボウルビィの理論は、のちエインズワース、メインらに引き継がれ、今日では精神分析学界においてもフォナギー、ベイトマンといった人々が愛着理論に基づく人間理解に関心を寄せている。いわば、20世紀の発達理論は、父子関係に基づくものから母子関係へ、という流れの中にあったというべきなのかもしれない。

今日当然のようにメディアをにぎわせる虐待、育児放棄、そして実子殺害のニュース。五体満足で誕生しても、その後の人生を満足にスタートさせられない子どもが少なからずいることがよくわかる。
本書で展開される乳幼児精神医学の役割とは、単に子どものこころの健康だけを対象にするものではない。本書の最後に著者はこう言っている。「精神病理は乳幼児や母親にあるのではなく、むしろ母親と子どものあいだ、すなわちその関係性のあいだに存在している」。
これからこの世に生を受ける子どもたちが、せめてもの「安全基地」としてこころを寄せられる母子関係。それが、この新たな学問の目指すところなのではないだろうか。本書はまずその第一歩なのである。




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