みすず書房

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『小石、地球の来歴を語る』

ヤン・ザラシーヴィッチ 江口あとか訳

海岸や河原の小石のルーツといえば、小学校の理科の時間に習ったことを覚えている人も多いだろうか。川から海へ、海底から地中へ、そこから隆起によって山の頂上へ、そして川を下り、ふたたび河原へ……。新刊の『小石、地球の来歴を語る』は、そんな通り一遍のイメージの背後に隠れているめくるめく異世界へと、深く深く潜っていく本である。奇奇怪怪な太古のプランクトンたちに出逢い、メタン・ハイドレートゾーンの傍らやオイルウィンドウの中を通過しながら、地下の高密度空間における鉱物の変化を白昼夢のように眺め、あるいは雲母の粒や石英の結晶の超ミクロ構造にクローズアップして、大陸の移動や造山運動の生みだすとてつもない圧力を発見する……そんなディープな旅なのだ。

この小さな本に収まっているのが不思議なほど、壮大な地球の営みが躍如として描かれている。いったいどれだけたくさんの研究者たちの、どれだけの時間とエネルギーを費やしてこの精細な歴史が紡ぎ上げられたのだろう。本書の献辞は「ウェールズのスレート〔粘板岩〕の謎を追い求める同僚たち」に贈られている。「この本が語る物語は、もとより、彼らのものだ」。同時にこの物語は、鉱物や岩石や化石をタイムカプセルとして探求している世界中の研究者たちのものでもあるのだろう。

本書には、彼ら研究者が部屋じゅうに転がる石や鉱物と日々どんなふうに格闘しているかを窺わせる記述がときどき出てくる。〔下線の部分は著者による強調。本のなかでは傍点〕

現代のカリフォルニアの葉理〔泥の層や泥岩のもつ縞模様〕は一年周期であることが示されている──木の年輪を数えるみたいに海底の表面から順に数えていけば、特定の葉理と特定の歴史的出来事──たとえば、特にすさまじい氾濫では厚めの葉理ができる──を照合することができる。まるでカレンダーと現代史が一つになったもののようだ。
だが、〔ウェールズの〕小石の葉理の場合には、そうは問屋が卸さない。(中略)わたしたちは小石を半分に切って表面を研磨するか、顕微鏡で分析できるように薄片をつくって非常に詳しく観察しよう。手のひらにのせた距離で見ていたときにはあれほどはっきりしていた小石の葉理も、このスケールになると不確実の海に消えてしまう。(中略)簡単に言うと、実用的なレベルで正確に数えたり分析することが不可能な代物だ。なんとイライラすることか。わたしは数年前にこの小石に非常に近い岩石の葉理を数えようと試みたが、ついにそれを諦めたときの、完全なる挫折感をいまでも覚えている。遠く離れた四億年前のシルル紀の正確な年間カレンダーがわかるなんて、なんとすばらしくかっこいいことか(そのときわたしは若かった)。だがそれは叶わなかったし、いまでも叶っていない。

どうやらウェールズの小石の葉理からシルル紀の年間カレンダーをつくることはできなかったらしい。でも、こうした試みが成功したときには他では味わえない恍惚の瞬間になることも、なるほどうなずける気がする。過去と現在の無数の研究者が人知れず行なってきたこうした試行錯誤の成果のひとつひとつが積み重なって、ついにはこの本で著者が小石に語らせているような壮大な歴史のパノラマが見えてきたのだ……。三嘆。




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