みすず書房

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石田五郎『天文屋渡世』

《大人の本棚》

「天文屋」こと石田五郎は、長く岡山天体物理観測所につとめた天文学者にして文筆家。岡山での或る一年間の記録『天文台日記』(中公文庫)は、いまも読み継がれるロングセラーです。『天文台日記』で石田を知った読者の皆さんにぜひお届けしたかったのが、1988年に筑摩書房から出され、このたび《大人の本棚》シリーズの一冊として復刊したエッセイ集『天文屋渡世』でした。
古今の文学、芸能、美術、そして山をこよなく愛した石田五郎。本書では星に姿を変えたギリシア神話の神々から正倉院の御物、落語「時そば」の与太郎に至るまで、そして重い荷物を背負ってはいった山登りの途中で見上げた星空について、そこに現れた星々のエピソードを理系らしいいささかも過剰さのない筆致で綴っています。

雪がどっぷりと残る春の山で、凍りついたような黒い岩稜の上に、にぎりこぶしをドンドンとならべてついたような北斗七星を見たことはないだろうか。
真夏の若者たちであふれた山小屋の中でも、明け方ひとりでそっと床をぬけ出せば、地平を昇るみごとなオリオンの三ツ星と対話をかわすことができよう。
葉のおちた梢の上の二百万光年の彼方のアンドロメダ銀河の微光が見える秋のくれ、吹雪の止み間にツェルトザックからチラリとのぞくシリウスのまたたき。
四季のいかなる時でも、山に入れば人間の手あかにそまっていない冷たい星の光と向かいあうことができる。
木も草もいとなみをあきらめた黒い岩稜の世界から星空がはじまる。小鳥がとびかうかわりに寒風がふきぬけ、蝶が舞うかわりに六角の雪片がまいおりる岩稜の上に星空がはじまる。――(「アルプス星夜」)

「天文屋」石田五郎の魅力の全貌を伝え、そして星空への招待状ともいえる一冊です。
夜空が冴えわたる、冬の夜長にお楽しみください。




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